政府刀剣と姐さん+おまけ






「今日も雨かぁ……。雨ってあんまり好きじゃないんだよなぁ……」


 パチパチと窓にぶつかって弾ける雨音。けぶる空を見上げながら呟いたのは、大和守安定だった。
 俺たち政府に所属する刀剣男士は、本丸所属の刀剣男士と違い、出陣する機会はほとんどない。この監査部は比較的刀を振るう機会が多いが、書類やデータと向き合う時間の方が圧倒的に多い。好戦的な性格の安定には物足りないのだろう。だからせめて天気くらいは、という思いがあるのかもしれない。しかし、ここ最近の天気は雨続きだ。昼間でも薄暗い空に辟易しているのが窺える。


「俺達は刀だからね。俺も水気は苦手だな」
「人の身が錆びたりしないってのは分かってるんだけどね」


 安定に同意したのは小竜景光だ。重苦しい色をした空を見上げながら、二振り揃って苦笑している。


(二振りは、雨が苦手なのか……)


 俺―――――鶴丸国永は雨が嫌いではない。むしろ、好きな空模様だった。





「梅雨の景趣を手に入れたので、一緒に楽しもう」


 そう言って差し出された掌を、今でも鮮明に覚えている。椿こと姐さんの本丸に保護されていた時の事だ。まだ人が憎くて仕方なかった頃に、彼女が雨の庭に出る事を誘ってくれたのだ。
 雨などどうでも良かった。梅雨など興味も無かった。彼女が綺麗だという紫陽花など、見る気も起きなかった。
 その頃の俺の世界は色褪せていて、景色が変わったくらいで、心を動かされるようなことは無かったのだ。
 けれども、椿の事は無碍に出来なかった。自分を慈しんで、愛してくれる存在を。
 だからその手を取って立ち上がったのだ。


「汚れてもいいかな?」
「構わんが……」
「よし、」


 一緒に叱られてくれ、と言って、彼女は雨の降りしきる庭に裸足で飛び出したのだ。
 ぱしゃん、と跳ねる雨水。色を変える装束。しとどに濡れて、一層艶を帯びる髪。頬を伝う雫。
 驚いて目を見開くと、してやったり、とにんまりと弧を描く唇。


「おい、」
「たまには羽目を外したっていいだろう?」


 人は濡れると体調を崩しやすくなる。そう言って止めようとしたけれど、いつも頑張っている彼女がそう言えば、止める事など出来なかった。
 裸足のまま、ぬかるんだ庭を歩く。泥が纏わり付く感覚は奇妙なものだったが、不思議と不快じゃない。雨でずぶ濡れになって、装束は重かったけれど、足取りは軽かった。


「今日の雨は優しいなぁ」
「優しい……?」
「だって全然冷たくないし、全然激しくない。柔らかな雨だ」
「…………」
「まるで私達を受け入れて、歓迎してくれているように思ってしまうな」
「まさか、あり得ない」
「そうでもないさ。葉が雨を弾いて、パチパチと音楽を奏でているようだろう?」


 そっと、繋がれた手とは反対の手を取られる。
 傷付けるようなものじゃない。害するようなものじゃない。
 柔らかく、あたたかい。初めての、感覚。


「濡れた紫陽花が色濃く鮮やかになって、雨粒で着飾って化粧をしているようじゃないか?」


 両手を繋がれて、そのまま二人でダンスでも踊るかのようにくるくると回り出す。
 繋いだ両手だけが、妙に鮮明で。くるくると回る世界で、彼女の笑顔が輝いて見えた。


「ほら、世界はこんなにも優しくて、美しい。こんなに素敵なものを見せてくれるのに、どうして世界に歓迎されていないなんて言える?」


 カッと、視界が赤く染まった。
 優しい手を振り解いて、湧き上がった激情のままに声を上げる。


「何故、何故そんな風に言える。何故そんな風に笑える。理不尽な事に巻き込まれて、不当な目に遭って、どうして世界を優しいと、美しいと言えるんだ!」
「そんなの、君と見る世界だからだ」


 当然のように告げられた言葉に、理解が追いつかない。
 俺と、見る、世界だから?
 何だ、それは。こんなにも危うくて、いつ牙を剥くか分からないような刀を相手に、一体何を言い出すのか。
 俺のような刀は、そばに置いていいような刀じゃない。主だった人間を、この手にかけるような刀なのだ。
 堕ちて、紅く染まった瞳をした、かつて鶴丸国永だった、ナニカでしかないのに。
 なのに、何故そんなにも、あたたかな言葉を、温もりを与えてくれるんだ。


「きっとみんな、そんなものさ。誰と見るか、誰と過ごすかで世界は変わって見えるんだ」


 振り払った手を、もう一度握られる。
 少しばかり荒れた手だが、あたたかくて、ひたすらに優しいものだった。


「だから、私の世界はこんなにも美しい」


 そう言って、少女が笑う。俺と見る世界を美しいと称えながら。


「コラー! 二人とも、何やってるの!」
「こんな雨の中を傘も差さないで。お風邪を召されたらどうするのですか!」


 縁側から、光忠と一期の声が聞こえる。
 ああ、と残念そうに声を上げながら。もう見つかってしまった、と楽しげに笑う。
 手を引かれながら、柔らかい土の上を歩く。紫陽花の中から抜けた時、少女がくるりと振り返る。


「鶴丸。また、こうして散歩をしよう。雨の中を二人で歩こう。次は叱られないように、ちゃんと傘を差しながら」


 そう言って笑う少女を中心に、俺の世界が極彩色へと変わった。





(あの日の雨も、こんな風に柔らかだったな……)


 あの約束は、まだ果たされていない。けれどきっと、叶うだろう。まだ少し先になるだろうけれど、必ず。
 約束が果たされる為には、この世界を守らなければならない。あの人の美しい世界を。俺の美しい世界を。
 その為には、憂となるものを晴らさねばなるまい。


「ほら、そこ! 口じゃなく手を動かせ!」
「「はーい」」


 あの人の世界を守りながら、いつか来るその日を待っている。




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