敵の罠に一ミリも動揺しない姐さん
「新たな敵の出現?」
「ええ」
国を傾けてしまいそうな美貌の女―――――撫百合が椿に向かった深く頷いた。
彼女はわずかに眉を顰めた椿に対し、「噂程度のものですが……」と前置きして、詳しい情報を語った。
曰く、今回の敵は懇意にしている者の姿を取り、精神に揺さぶりを掛けるのだという。目撃例は少ないものの、心の隙を突かれてしまった本丸も出ているとのことだ。
その話を聞き、椿は「ほう」と目を細めた。
「内部に敵が入り込んだか、記憶を読み取る術でもあるのか……」
唇に指を掛け、思案を巡らせる。
そんな椿を見て、撫百合は頬を赤らめた。高鳴った鼓動を落ち着けるように胸に手を当て、感嘆の息をつく。
(思案にふける椿様のなんと美しいこと……。情報を集めた甲斐があったというものです)
その熱い視線に気付いたのか、椿が顔を上げる。不意に重なった視線に、撫百合は「はうっ!」と悲鳴じみた声を上げた。
「ありがとう、撫百合さん。とても参考になりました」
「いえ、いいえ。椿様のお役に立つことこそが至上の喜びなのです……! 椿様のお役に立てたという、その事実だけで、わたくしは天にも昇る心地でございます……!」
「ふふ、そこまで言われてしまうと照れてしまうな」
照れてしまうと言いつつ、その表情は常と変わらず、瞳はひどく穏やかなものだ。柔らかい笑みはどこか微笑ましさを滲ませており、慈愛の念をこれでもかと撫百合に注いでいる。
その確かな情を感じ取った撫百合は、昇天を覚悟しながら気を失った。
***
その敵と遭遇したのは、撫百合からの報告を受けた一週間後のことだった。
開戦直後は普段と変わらない姿を取っていた。
しかし、自分たちが劣勢であると分かると、敵は何らかの術を用いて姿形を変化させたのだ。
膝丸には髭切を。岩融には今剣を。大典太にはソハヤノツルキを。
相対するは旧知の刀。
「敵ながら天晴れ」
姿形は完璧に彼らを写し取っており、容姿を変化させた敵を見て、椿が笑った。
「―――――だが、あまりにもお粗末」
しかし、その笑みはすぐに一変した。細められた目に温度はなく、一切の情を感じさせない。
椿は刀剣男士を愛している。そんな椿なら、天地が反転しても彼らに向けないような、凍えるような眼差しだった。
通信機を通して見る戦場の刀達も、驚くほどに椿と同じ顔をしていた。
「―――――殺れ」
椿の言葉と同時に、敵の首が宙を舞った。