陽だまり集め
『陽だまりの眼差し』
本日、晴天。絶好のお出かけ日和。私は近侍の大和守安定と万屋に出かけた。
日用品などの必要なものだけを持ってレジに並ぶ。皆考えることは同じなのか、天気がいい日は万屋がにぎわい、必然的にレジも混む。レジの前には行列と言っても過言ではない列が出来ていた。
「うわぁ、長……。何でみんな同じタイミングで並ぶのかなぁ……」
「さぁ……」
集団行動が好きな日本人らしいと言えばらしいのだけれど、何もこんなところで発揮しなくてもいいと思う。
人がはけてからもう一度並ぶということも考えたけれど、今日はやけに人の出入りが激しい。レジの前から人が消えることは無さそうだ。
仕方ないか、と諦めて列に並ぶ。二人で話していれば、時間なんてあっという間に過ぎるだろう。
さて、何を話そうか、と考え始めたところで、ふ、と柔らかく息を吐く音が聞こえた。
「今日はずいぶん機嫌がいいようだが、何かいいことでもあったのか?」
低くて耳触りのいい声だった。わずかにうつむいていた顔を上げる。今のは誰の声だろう、と視線を動かして、硬直した。
私たちの二組ほど前。私と同じくらいの年齢と思われる審神者さんと一緒にいる、慣れ合わない系男士・大倶利伽羅の声だった。
わずかに見える大倶利伽羅の横顔は微笑んでいるように見えて思わず隣の安定と顔を見合わせた。
「え? 今のって大倶利伽羅の声だよね?」
「うん」
「あの大倶利伽羅、めっちゃ笑顔なんだけど」
「あ、あれ、幻覚じゃないんだ」
普段の、どこか突き放すような声ではなく、柔らかくて温かみのある声。それに合わせたような優しい表情。うちの大倶利伽羅とは全然違う、大倶利伽羅だ。安定が幻覚だと思うのも頷ける。
他の審神者さんや護衛の刀剣達も、驚いたように目を見開いたりしている。
けれど当人である審神者さんは自分に向けられた笑みと同じように、柔らかい笑みを浮かべている。慣れ合う大倶利伽羅に驚くでもなく、まるでそれが当り前であるかのように、平然とした様子で。
「君こそ、何かいいことでもあったんじゃないのか? 君があんまりにも嬉しそうにしているから、私まで嬉しくなってしまったんだ」
さらり、と何やら歯の浮くようなセリフを言って、審神者さんがさらに笑みを深める。すると大倶利伽羅は、きょとんとした顔をした。
ぱちぱちと目を瞬かせる仕草はどこか幼い。
そんな様子を、審神者さんも同じような表情で見つめた。
「もしかして、君もそうなのか?」
ぽつり、と審神者さんが呟きをこぼし、くつくつと笑みを漏らした。
「何だ。お互いが嬉しそうだったから、お互いに嬉しくなってしまっていただけなのか」
ははは、と本当に楽しそうに笑う審神者さんに、大倶利伽羅は驚いたように目を見開いた。
照れたのか、ちょっと眉を寄せて、拗ねたような表情をしている。ちょっと可愛い。
「……そんなに笑うことじゃないだろう」
「すまない。馬鹿にしているんじゃないんだ。嬉しかっただけなんだ。君が私を想って笑ってくれたことが嬉しくて」
審神者さんは本当に嬉しそうに笑う。大倶利伽羅はそんな審神者さんに絶句して、ぽかんと口を開けている。
「私の刀は、優しい刀ばかりだなぁ」
しみじみと頷く審神者さんに、大倶利伽羅は顔を覆った。
その気持ち、よく分かる。
審神者さんはそんなに表情の変わる人ではなかったけれど、その目が酷く雄弁なのだ。愛しいってその目が語っている。思わずこちらが照れてしまうくらいに。
「あ、次、私たちの番だな」
「……そうだな」
審神者さんと大倶利伽羅の二人はお会計を済ませ、万屋を後にした。
顔は見えなかったけれど、大倶利伽羅は耳や首までうっすらと色づいていて、照れたのだろうな、と少し同情した。
あんなにもまっすぐな審神者さんのもとにいたら、きっと毎日が羞恥との戦いだ。
あの人に当てられた万屋は、ぐったりとしつつも照れでそわそわと落ち着かない。
「……あの審神者さん、やばいね」
「……だね」
私と安定も、二人して照れて、二人で恥ずかしそうに笑った。