拾いものをする姐さん 3
清庭姉弟の朝は早い。ヒーローになるべく身体作りのため、まだ日が昇りきらないうちから走り込むのだ。距離は一周約五キロ。一周目は体力向上のために。二周目は個性向上のために。
「啓悟、大分飛べるようになったな」
「まだ、まだ……!」
飛行能力を有するヒーロー達に助言を仰ぎ、啓悟は空を飛べるようになっていた。けれど、まだまだ拙いところが多く、巣立ったばかりの雛鳥のような様相だった。長時間の飛行はまだまだ難しく、ほんの数キロの飛行でさえ疲労困憊になってしまう。初めのうちは二周目の途中でリタイアしてしまうほどだった。
椿はこの訓練を五歳の頃から行っていた。靴に個性を掛けて、脚力の強化を行い、五キロを駆け抜けるのだ。今でこそ完走できているが、初めの頃は啓悟と同じように途中でリタイアしてしまうことが多かった。それでも、毎日続けていれば自ずと成長が見られ、余裕を持って完走することが出来るようになったのだ。
そんな椿から見て、啓悟の成長は目覚ましい。椿が半分の距離を個性を使用し続けた状態で走れるようになるまでに約半年を掛けた。それを啓悟は、三ヶ月ほどでクリアしてしまったのだ。
元々、彼には才能があったのだろう。誰に教えられずとも剛翼を操るスキルは既に獲得していて、それは驚くほど繊細な作業をこなした。事故現場から、多くの人を救い出せるくらいに。
教えを請える現状を手に入れて、彼の才能はどんどん開花していく。いずれは椿を追い抜いて、あっという間にヒーローになってしまうのだろう。そんな予感を感じさせる弟が誇らしく、けれどほんの少しだけ羨ましい。
(私も、頑張らないとな)
一生懸命に翼を羽ばたかせる啓悟の姿を見て、椿が気を引き締め直す。彼はあっという間に追い掛ける側から追い掛けられる側になり、自分を置いていくだろう。それがほんの少しでも未来のことであるように、椿も走り続けた。
***
朝起きてすることの一つに、郵便受けの確認がある。ヒーローの家系であるためか、清庭家は一般家庭よりも多くの郵便が届く。仕事関係の書類は基本的に事務所に送られてくるが、自宅の住所を知っているスポンサーや著名人からの時候の挨拶は自宅宛に届くのだ。この日も郵便受けを確認すると、そこそこの束が作れるほどの手紙が詰め込まれていた。今日も多いなぁ、と封筒の山を取り出すと、ビジネス用ではないレターセットの封筒が目に付いた。もしかして、と宛名を確認して、椿が頬を緩ませる。椿宛てに送られた、遠見絵からの手紙であった。
椿は定期的に、啓悟の実母である遠見絵に手紙を送っていた。鷹見親子の溝は深いけれど、遠見絵から啓悟に対して情が無いわけではないのだ。もちろん、啓悟から遠見絵に対しても。そうであるが故に、余計なお節介かもしれないけれど、気掛かりは減らした方が良いだろうと、啓悟の様子を手紙にしたためているのだ。彼女の心が、少しでも早く平穏を取り戻せるように。
(遠見絵さんにも、幸せになって欲しいなぁ)
啓悟は笑みを絶やさなくなった。初めの頃の冷めた顔がおぼろげになってしまうくらいに。
表情を変えることすら億劫だと言わんばかりだった遠見絵も、いつか笑みを絶やすことなく過ごせるようになって欲しい。その願いは椿のエゴかも知れないけれど、遠見絵は他人と言うにはほんの少しだけ近い存在なのだ。幸せくらい、願ったっていいだろう。
(いい報せだったらいいなぁ)
遠見絵からの手紙をポケットに仕舞い、椿は家族の待つ家の中へ踵を返した。
