君ともう一度
白い病室が、故郷の白塗りの壁を思い出させる。
俺――サトシはその真っ白な部屋のベッドに寝かされていた。
俺の隣では、相棒のピカチュウが丸くなっている。
走馬灯というのだろうか。思い出したくても思いだせなかった思い出が、頭の中を駆け巡っている。
俺はどうやら、老衰しているらしい。でも、俺に自覚はない。老いるって、恐ろしいことだな。
幸せだった。幸せだったよ。たったひとつ。たってひとつだけ、心残りがあるんだ。
シンジに好きだと伝えられなかったこと。
シンジは若くして死んだ。まだ20歳のことだ。何も伝えてないのに、あいつは美しいまま逝ってしまった。
それから俺は、シロガネ山の最奥で伝説として生きてきた。
俺に勝つことができたら、ポケモンマスターの座を譲ると公言して。
俺がポケモンマスターになったのは、17の時だ。
その1ヶ月後、シンジがシンオウチャンピオンに就任した。
俺はシンジがチャンピオンになったのが、自分のことのように嬉しくて、真っ先に駆けつけて挑戦した。
2人とも本気でぶつかり合って、お互いに全力を出し切った、素晴らしいバトルだったと自賛できる。
結局は引き分けに終わってしまったけど、今までで一番楽しいバトルだった。
・・・その分フィールドの荒れようもすさまじいものだったけれど。
そのあとチャンピオン就任を祝いに来たタケシたちに見つかって、説教されそうになって、2人で慌てて逃げたっけ。
その時、初めてシンジが心の底から笑ったんだ。そして、最後でもあった。
「あのときのシンジ、可愛かったなぁ・・・」
シンジは年々きれいになっていって、そのたびに好きになって、そのたびにひどくあわてたんだ。
昔から結構女の子にもててたのに、さらにひどく女の子の心を引き寄せて、しまいには男も女も関係なく、シンジに惹かれてしまっていて。
「ちゃあ・・・」
俺のつぶやきが聞こえたらしいピカチュウが、うっすらと目をあけたのを感じた。
酷く眠たそうだ。
「ピカチュウ、もう寝るのか?」
「ちゃあ・・・」
「そっか・・・。おやすみ」
「ぴか、ちゅ・・・」
ピカチュウが目を閉じる。
――――サトシも、おやすみ――――
「うん。俺ももう寝るよ」
楽しかったよ。幸せだったよ。
辛いこともかないいことも、たくさんあったけど、みんなと出会えてよかったよ。
ただ最後に、君に会いたかった。
(想いを伝えたかったよ)
ポケモンマスター・サトシ
享年89歳
――――――最期の独白