ゆっくりだけど確実に
シンジはサトシたち、旅の仲間と別れた後、大通りに来ていた。
特にすることもなく、めぼしいものも見つけられず、ただ町並みを見ながら歩いていた。
明るい色合いが織りなす町並みは美しいため、ただ歩くだけでも目に楽しい。そのためシンジは特に何をするでもないが、暇でもなかった。
(……あ、)
深い灰色の屋根。壁をうっすらと覆うつた植物。白いレンガで造られたらしいショーウィンドウ。磨き上げられたガラスの奥には、海の底のような深い青色のブラウスが展示されていた。
シンジの視線の先に留まったのは、小ぢんまりとしたおしゃれなブティックだった。
(綺麗な色だな……)
深い青色のブラウスがきれいで、シンジが思わず立ち止まる。
黒いマネキンに飾られ、綺麗に整えられている。青いブラウスの下にあるのはふんわりとしたグレーのミモレ丈のスカート。黒のソックスに少し明るい青のヒールだった。
――綺麗だけれど、自分には似合いそうもない。
――カランカラン
ガラス張りのドアが開く。縁は木でできており、灰色に塗られている。店の調子に合わせてあるのだろう。
来客を伝えるベルが、今は内側から開けられることによって鳴り響いた。
「いらっしゃいませ~。どうぞ、中に入ってゆっくりごらんくださ~い」
聞き覚えがあるが、普段聞いたそれよりも穏やかな口調。余所行きの少し高い声に、シンジが目を見張る。慌てて振り返ると、見知った赤い髪の女が、店の雰囲気に合わせてか、落ち着いた色合いの服に身を包み、店先に現れた。
「あら、むっつりガールじゃない」
相手方――ムサシもこちらに気づいたのか、声のトーンが落ちる。
シンジは不本意な呼び方に眉を寄せた。
「……こんなところで何をしている」
「アルバイトよ、アルバイト。資金集め。問題起こしたら給料がもらえないから、今日はあんたらにはノータッチよ」
そう言って店員であることを知らせるプレートを見せられる。胸元につけられたプレートはシンプルだがオシャレな装飾が付けられていた。
「というか、あんたの方がどうしたのよ。あんた、服に興味なさそうじゃない」
「別に、服に興味があったわけじゃ……」
「ふぅん? その割には結構長いこと店をのぞいてたみたいじゃない?」
あんたがいつまでたっても店に入らないから、気を利かせた店長が私に声をかけて来いっていうほどにはね。そう言って、ムサシはシンジが見ていたショーウィンドウに目を向けた。
肩をすくめて言われた言葉に、シンジは押し黙った。
(無意識だった……)
シンジ自身、それほど長い間、服を眺めていたようには思わなかった。けれど、店の方から声をかけられるということは、それなりに長い間、ショーウィンドウの前に張り付いていたということだろう。シンジの頬に、わずかに朱が走った。
「これを見てたのね」
「……ブラウスの色が、綺麗だったから」
事実だが、言いわけのように聞こえた。自分には似合わない、と考えていた時点で、心のどこかにこの服を着てみたいという想いがあったのかもしれない。けれども似合わないのはわかりきっているから、着てみたいと思っていたことを隠したかった。だから、事実なのに、言い訳に聞こえたのだろう。
「……ふぅん。趣味は悪くないわね。でも、あんたには似合いそうにないわね」
「誰も着てみたいなんて思っていない」
――嘘だ。本当は着てみたい。何もこの服じゃなくていい。サトシにかわいいとほめてもらえるなら何でも。
だから、似合いそうにないと言われて少しだけ胸が痛んだ。――お前に可愛い服は似合わないと言われたような気がしたから。
「着てみたらそうでもないんでしょうけど、あんたのイメージを考えると、どうにもしっくりこないのよね」
「え……?」
案に似合うと言われ、シンジが思わず顔を上げる。ムサシは顎に手を置いてシンジを見つめていた。
「……あんたにはあれが似合いそうね」
「は? 何……」
「来なさい。あんたに似合うの選んであげるから」
「は? ちょっ……」
ムサシに引きずられる形で店に入る。中はわずかにレンガを残した白い壁で包まれ、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
ガラス張りの棚に置かれた服は丁寧に畳んであり、手をつけるのが申し訳ないくらいだった。
どうやら今の時間帯、客足をあまりないようで、客はシンジのほかにはない。従業員の女性達がシンジを出迎えてくれた。
「「「いらっしゃいませ」」」
「店長、この子、デートに着ていく服を探していたんですって。あの青いブラウスが気に入ったらしいの」
「は!?」
ムサシの言葉にシンジが目を剥く。その反応に、ムサシは心外そうにシンジを見降ろした。
「あら、折角私が選んであげるっていうのにデートの一つもしないつもり?」
「別に頼んだわけじゃ……。それにデートなんて……」
「まさかしたことないの?」
「うるさい」
「あんたがいつも男みたいな服着てるから誘いたくないんじゃない? 可愛くない女は嫌われるわよ」
「…………っ」
その通りかもしれない、と思ったのは心当たりがありすぎるからだ。隣を歩くなら可愛くない女より、かわいい女の方がいいに決まっている。
恥ずかしさよりも嫌われたくないという想いに天瓶が傾いたとき、視線を感じた。顔を上げると、ムサシが店長と呼んで声をかけた女性が、穏やかな笑みを浮かべてシンジを見つめていた。
「あのブラウスが気に入ったのね?」
「え? あ、はい……」
「そう。じゃあ、あなたに合うサイズのものを探してあげるから、あなたはそこのお姉さんと服を選んで待っててくれるかな?」
「は、はい。分かりました……」
女性はにこりと笑って奥へとはいっていく。手伝いとして一人のスタッフがついて行った。
「ほら、こっち来なさい」
「あ、ああ……」
ムサシに手招かれて付いて行った先はスカートの並んだコーナーだった。ただでさえ肌をさらすことに慣れていないシンジは、気後れして足を止めた。
「おい、まさかとは思うが……」
「もちろんスカートを着せるに決まってるじゃない。カロスは秋でもそんなに寒くないし、あんただって女の子なんだから似合うわよ」
幸いにもムサシが手に持っているのはさほど短いスカートではないのでほっとしたが、それでもやはり違和感を感じてしまう。
「ほら、鏡の前に立って」
「え?」
どうやら目当ての服を見つけたようで、今度は鏡の前に連れて行かれる。ムサシが抱えているのは、白いミモレ丈のスカートだった。先程のスカートとは違い、裾はそこまで広がっていない。
それを腰にあてがわれ、鏡を見やる。それを見てムサシはうん、と一つうなずいた。
「私の見立てに狂いはなかったわね。ブラウスとスカートは決まり。あとは靴ね」
ムサシにスカートを渡され、シンジが慌てて受け止める。
ムサシが靴を探しに行こうとして、スタッフの女性がムサシに駆け寄った。
「ムサシさん。この靴なんてどうかしら?」
「あら、かわいい」
スタッフの一人が差し出したのはピンクのパンプスだった。色が淡く、白にも見える。踵には黒のレースのリボンが付いていた。
ヒールは低く、足を痛めることは無さそうだ。
「この靴いいわね。他の色はないの?」
「あとは黒と紺と赤と白があるわ」
「じゃあ、一式見てみましょう」
「それがいいわね」
スタッフ達がシンジの足のサイズを測り、次々に箱からパンプスを取りだす。
黒に淡いピンクのリボンの組み合わせ。白のパンプスは黒いリボン。紺色は白のリボンが組み合わされている。赤いパンプスも白いリボンだった。
シンジはニーハイを脱がされ、一つ一つパンプスを履かされていた。
「肌が白いから、濃い色の方が似合いそうね」
「そうね。スカートが白だし」
「あなたはどれがいい?」
「え?」
ムサシと意見を交わしていたスタッフがシンジに笑みを向ける。
シンジはパンプスを見るためにうつむいていて、顔を上げるのが遅れた。
「気に入ったものがあるみたいだけど、どれかしら?」
「え、えっと、これ……」
シンジが示したのは紺色のパンプスだった。ジーンズ生地らしいパンプスは、自然な色をしていて、並べられた5色の中で、一番綺麗に見えた。
「これね。じゃあ、これにしましょうか。これが一番合いそうだし」
「決まりね」
「決まったのかしら?こっちもブラウス見つけたわよ」
靴も選び終わったところで、ブラウスと探しに奥へと下がっていた店長とスタッフが戻ってきた。
「さ、着てみて?」
「え、あ、はい……」
「何ならそのまま着て帰る?」
「えっと……」
「そうしたらいいわ。タグも全部取ってあげるから」
「あ、はい……。そうします……」
女性のパワーに完全に圧倒されたシンジは、なすすべもなく試着室へとはいって行った。その様子をムサシが苦笑して眺めていた。
「な、なぁ……」
「ああ、着替え終わったの?」
「あ、ああ……」
「自分で見て、どう思う?」
「……凄く、違和感がある」
「ふぅん?」
試着室から体を隠すようにして、シンジが顔を出す。一番近くにいたムサシに声をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
深い青のブラウスを高い位置でスカートの中に入れたスタイル。細い腰が強調され、いつも以上に細身に見えるが、それが本来のシンジの細さだ。
シンジは違和感があると言っているが、ファッションモデルとして雑誌に登場していてもおかしくはないと思わせるほどだった。
(ま、それは私のセンスのおかげだけど)
自画自賛して、ムサシはシンジを試着室から引っ張り出した。
「みんな、どう?」
ムサシがスタッフらの前にシンジを押しやる。全員がシンジを見て、黄色い悲鳴を上げた。
「かわいー!」
「これでデートもバッチリよ!」
「あ、え、と……ありがとうございます……」
照れたようにうつむくシンジに、また悲鳴が上がった。
「また来てねー!」
店員に見送られ、シンジがハナコに作ってもらった衣装を袋に入れて、たった今購入した衣装のままドアをくぐる。来客を見送るようにベルの音が響く。
「ジャリボーイなら、この通りで見かけたってコジロウが言ってたわよ」
「!」
店先まで出てきたらしいムサシがシンジの背中に声をかける。その声につられて、シンジが振り返った。
「それと、一ついいこと教えてあげる」
「……?いいこと……?」
「そう、いいこと」
いつもの嫌味な笑みではなく、穏やかな笑みに、シンジはそっと耳を傾けた。