ゆっくりだけど確実に






「あー、もう! 苛々するわねぇ!!」


 ムサシが髪をかきむしりながらいらだたしげな声を上げた。
 視線の先には凄まじいバトルを繰り広げるサトシとシンジがいる。


「こうして見ると男女って感じがしないもんなぁ……」


 コジロウが肩をすくめて嘆息した。
 サトシとシンジは婚約関係にある。それはサトシ達の近しいもの数名にしか明かされていない日得なことだが、ロケット団は独自の情報網により、それを知っていた。


「隠していてああにゃら文句はいわにゃいが、あれは普段通りの振る舞いなのにゃ……」


 ニャースが呆れたように首を振った。
 サトシとシンジは関係を隠しているが、隠さなくてもばれることはないだろうというくらいに男女間というものがない。むしろ性別を超えたライバル、という印象を受ける。
 ごく稀に、ふとした時にお互いを意識しているように感じるときはあるが、なかなか発展しない。
 仲間の中に恋のライバルがいると知った時には、これはもしや、とも考えたが、見事なまでに杞憂に終わった。
 ずっと2人を見ていただけに、それが彼らだ、とも思う。しかし同時に、それでいいのか、とも思うのだ。
 彼らは恋人以上の関係にある。少しはそれらしくなってもいいのではないか。


「どうしたもんかねぇ……」


 コジロウが空を仰ぐ。ムサシも途方に暮れて、それにならった。


「にゃにゃ!? これを見るのにゃ、2人とも!!」
「「んー?」」
「使えそうなものがあったのにゃ!」
「本当か、ニャース!?」
「見せなさいよ!」
「これにゃ!」


 ニャースがムサシたちに見せたのはバイト募集のチラシだった。
 彼らはアルバイトで生計を立てているので、常にバイト募集の店をチェックしているのである。
 その中の1枚を見せ、ニャースが笑った。


「どうにゃ?」
「イケるんじゃないか?」
「そうね。じゃあ私はこっちに行くわ」
「それ?」
「ちょっとしたお膳立てにね」


 ムサシが口角をあげて笑う。それにつられるようにしてコジロウが笑った。


「そうときまれば早速作戦開始よ!」
「「おー!!」」





+++





 新しい街についたサトシ達は街の中央広場でいったん解散することになった。
 団体で旅をしていると、どうしても一人の時間がほしくなる。そのため新しい街に着くと彼らは自由時間を設けるのだ。
 ただしユリーカはまだ幼いため、誰か同行が必要で、今日はセレナとともにショッピングに出かけた。

 サトシは特にすることもなくただ街を歩いていた。
 新しい街は物珍しく、歩いているだけでも楽しめる。その途中で何か楽しそうなことがあればそれをする。見つからなくても始めてくる街は散策するだけで十分な暇つぶしになった。


「何か面白そうなことはないかなぁ、ピカチュウ」
「ぴかっちゅ!」


 肩に乗るピカチュウと楽しげに笑いながら街を歩く。明るい色合いでまとめられた街は目に楽しい。まるでおもちゃの国に迷い込んだようだった。


「チケット~! チケット~! チケットはいらんかね~! ビビヨン館のチケットだよ~!」
「綺麗なビビヨンがたくさんいるのにゃ~!」
「ん……?」


 聞き覚えのある声に気を取られる。何となしに外らを見ると、そこには青い髪の男と帽子をかぶったニャースがチケットを片手に声を張り上げていた。
 その男とポケモンに見覚えがあり、サトシとピカチュウは眼を見開いて顔を見合わせた。


「コジロウ!? ニャース!?」
「ぴかぁ!?」
「にゃ?」
「ん? ああ、ジャリボーイとピカチュウか」
「な、何でこんなとこに……?」


 驚くサトシとピカチュウに対して、ニャースとコジロウは特に驚いた様子は見せない。呆気にとられながらも、長年の経験上、ロケット団人を見ると何もなくても警戒心をむき出しにしてしまう。
 幾度となくわなにはめられてきたサトシとピカチュウは、コジロウの手の中にあるチケットを一瞥して、コジロウを睨んだ。


「っていうか何を売ってんだよ? 怪しいものじゃないだろうな?」
「俺たちだってピカチュウを捕まえるために旅をしてるんだ。そのためには金がいる。今日はその資金集めだよ」
「……本当だろうな?」
「あんまり疑うのは館長さんに失礼なのニャ」
「…………」


 何の悪びれもなくチケットを見せるコジロウに、それでも疑ってしまうのは長年の因縁故。けれどもニャースの言うように、彼らの話が本当ならば館長に失礼だ。それにどうやらチケットを売っているのは彼らだけではないようなので、サトシはひと先ずその話を信じることにした。


「……ところで、そのビビヨン館ってのは?」
「ん?興味があるのか?」
「……まぁ、」


 ビビヨンは生息地によって翅の模様が違う。その模様一つ一つはとても美しく、愛好家までいるほどだ。
 このビビヨン館はそんな愛好家がビビヨンの魅力をより多くの人に知ってもらうために開いたもので、現在確認されているすべての模様のビビヨンが温室に放たれている。
 サトシもポケモンバイヤーの一件でかなりの種類のビビヨンを見たが、それだってすべてではない。それがすべてそろっているというのだから、俄然興味がわいてくる。
 コジロウの話では、ごく最近発見された新2種までそろっているものだから、来場客は後を絶たないらしい。特にカップルに人気だという。


「ビビヨンって可愛いし、翅が綺麗だろ? だから女の子に人気でな。最近はもっぱら人気のデートスポットと化してるわけだ」
「おみゃーもむっつりガールとのデートで行ってみたらどうニャ?」
「なっ……!?」


 ニャースの言葉にサトシは赤面した。
 シンジだってポケモントレーナーだ。珍しいポケモンや変わったポケモンを見たいと思うのは当然だろう。連れて行ってあげたらきっと喜んでくれるだろうとは思っていた。
 けれどもデートとして行くという考えには至っておらず、サトシは狼狽した。そもそもデートなどしたことがないため、その発想すらなかった。


「おいおいまさかデートもしたことないのか?」
「ぴっかぁ……」
「無いらしいのにゃ」
「甲斐性のない男は嫌われるぞ?」
「きっ……!?」


 嫌われる、というコジロウの言葉が胸をえぐる。
 女の子がデートというものに憧れるというのは、今まで旅をしてきた少女たちの会話で知っている。デートの計画すら立てられない男をいつまでも好きでいてくれるかといえば、その少女らの反応を見る限り、無い。
 シンジだって女の子だ。デートだってしてみたいだろう。

 ぐるぐると思考を巡らせるサトシにコジロウとニャースが顔を見合わせて口角を上げる。もう一息だ。


「最後の2枚だ。今を逃せばもう手に入らないぜ?」
「~~~! ……それ、2枚、売って」
「「まいどあり!」」


 コジロウ達はチケットが売れたことに嬉しそうに、ピカチュウはサトシがシンジとデートをしようと考えたことに嬉しそうに笑う。サトシはいたたまれずに顔を朱色に染め、代金を払ってその場から逃げ出すように走り出した。


「むっつりガールならさっき大通りで見かけたぜー?」
「しっかりリードするのにゃー!」


 コジロウとニャースの声援に、心の中で感謝の言葉を述べながら、サトシは大通りへと足を向けた。




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