悪夢を見せるのは君だけど、






「今日こそピカチュウをゲットしてやるわよー!」
「「おー!!」」


 今日は快晴。木々の隙間から差し込む木漏れ日が心地いい。
 気分は上々。美しいヤヤコマ達のさえずりが聞こえ、更に気分が上昇する。今ならすべてがうまくいくような気さえする。
 そんな平和な今日この頃。悪の組織、ロケット団の彼らから言えば、絶好のピカチュウ捕獲日和である。

 そんな彼らの視界の端に、見知った紫が映る。
 見覚えのある紫陽花色の髪の少女に、ロケット団は近くの茂みの中に身を隠した。


「早速むっつりガールはっけーん!」
「今日はホントについてるなぁ!」
「今日こそはピカチュウがゲットできる気がするにゃ!」


 むっつりガールことシンジは、現在サトシとともにカロスを旅するパーティの一人である。
 シンオウを旅する間からサトシと両想いにあり、シンオウの旅を終えるころ、晴れて恋人となったのだった。
 長くサトシ達を見てきたロケット団は陰ながら2人の仲を祝福していた。
 恋人であるシンジに何も言わずにイッシュに行ってしまったサトシには憤慨したが、こうして一緒に旅することとなったサトシらのことをひそかに喜んでいる。そのため彼らがサトシ達の前に現れる頻度は、イッシュにいたころよりも格段に高い。サトシ達に取ったら迷惑極まりないことである。


「ん……?」
「どうしたのにゃ?」
「いや、何か様子がおかしいような……」


 コジロウが目を細めてシンジを見やる。つられて、ニャース達も少女を見やった。
 きびきびとした動作背さっそうと歩く姿が印象的なはずなのに、今日の足取りは遅い。遅いというよりも、重いように感じる。
 まっすぐと先を見据えるように顔をあげているシンジの顔が、今日は見えない。
 どうにも様子がおかしい。
 ムサシたちは顔を見合わせた。



+ + +



(嫌な夢を見てしまった……)


 シンジは立ち止まりたくて仕方がない足を必死で動かし、サトシ達のいるテントからできるだけ離れようとしていた。
 シンジは今、疲れている。理由は恋敵が多すぎることだ。
 サトシはモテる。人間だけにとどまらずポケモンたちにも。かつて彼とともに旅をした少女らだって、彼に恋をしている。そして、今一緒に旅をしている少女も。
 シンジは不安だった。シンオウの旅のさなかで恋仲となることが出来たが、サトシがイッシュに旅に出るとき、彼は自分に何も知らせずに旅に出てしまった。
 自分は恋人ではなかったのか、とシンジは落ち込んだ。
 その落ち込みを知ってか知らずか、今回の旅に同行しないかと誘ってくれた。少なくともイッシュの件をチャラにできるくらいには嬉しかった。
 けれどもここで、またも彼女を落ち込ませる事件があった。
 現在サトシとともに旅をしているのはシンジを合わせ5人。そのうちの一人はサトシに恋する少女だ。その少女が旅に同行するきっかけとなったのが、サトシが彼女を誘ったからである。
 ――自分という恋人がいるのにどうして。シンジは胸を貫かれたような気がした。
 そんなことが続き、シンジは疲れてしまっていた。
 そんな不安と疲れが、シンジに悪夢を見せる。
 サトシは本当は自分などではなく、他の誰かが好きだった、そう明かされる夢。
 サトシに好きだと言われた、それこそが夢だったという夢。
 あまりにも続くから、それが本当のような気さえしてきたのだ。


(サトシは本当に、私のことが好きなのだろうか……?)


 ――いや、むしろあいつは、私を好きだったことは一度だって……
 シンジはついに立ち止まった。

 ――ガサッ


「!」
「はぁい、むっつりガール。ご機嫌いかが?」


 茂みが揺れたかと思うと、見覚えのある特徴的な長髪の女性――ムサシが姿を現した。その後ろには彼女の仲間であるコジロウとニャースもいる。
 不遜な態度で自分を見降ろす女に、シンジはけだるげな様子で顔を上げた。


「……ここにはピカチュウはいないぞ」


 今は誰とも会いたくない。
 自分がこの3人組を止めなくとも、サトシは簡単にやられたりはしない。
 シンジは彼らの間を通って彼らに背を向けた。


「――不安なんでしょう? あんた。」


 ムサシの声は確信を持っていた。思わず止めてしまったシンジの足が、その確信を証明していた。


「あいつがいつまで自分のことを好きでいてくれるか」


 不敵な笑みを湛えた言葉に、シンジが拳を握りしめる。背中で、自分を笑うことが聞こえた。


「うるさい……」


 シンジの低い声に、ムサシが笑う。コジロウ達がムサシをとがめるが、逆にそれをムサシが制した。
 ムサシは続けた。


「もう好きではなくなってしまっているんじゃないか」
「やめろ……」


 声が震える。肩も震え、心が怯える。
 この先を言われたら、耐えていた何かが壊れてしまいそうで、怖かった。
 それを見透かしているかのように、ムサシはその『何か』を壊す言葉を言った。


「――そもそもあいつは、本当に自分のことが好きだったことがあるのか」
「やめろ!!!」


 シンジが、頭を抱え、膝をついた。
 視界が歪む、にじむ。目頭が異常な熱を持ち、頬に熱い水が伝う。
 背中で、ムサシのため息が聞こえた。


「やーね、こんなことで泣いちゃって」
「うるさい!!!」


 そう。シンジは耐えきれなかったのだ。耐えきれずに泣いたのだ。
 慌てたようなコジロウとニャースの声。ムサシの呆れたような嘆息が耳に届く。
 ――屈辱だ。誰にも見せたことのなかった涙を、彼らに晒してしまうなんて。
 せめて嗚咽が聞こえないように、それだけは耐えた。


「ばっかみたい。確かめることもせずに疑うなんて、ジャリボーイがかわいそうだわ」
「お前に何がわかる……!」
「あら、心外ね。あんたよりずっと長くジャリボーイを見てきたのよ? あんたの知らないあいつだってたくさん知ってるわ」
「―――っ!」


 胸がえぐられたようだった。
 彼らは自分の知らないサトシを見てきたのだ。その事実がさらに涙をこぼれさせた。


「だからこそ言えることがあるわ」


 ムサシが労わるような声で囁いた。


「あいつは自分の気持ちを偽るような奴じゃない。好きでもない奴に好きって言えるほど、器用じゃないのよ」


 コジロウ達が嬉しそうにムサシに続いた。


「そうなのにゃ。ジャリボーイは良くも悪くも素直なのにゃ」
「そうそう。あいつの口から好きって言われたら、本気で好きなんだって思えばいいんだよ」


 ああ、勿論、お前に対してだけは特別な『好き』だけど、とからかうような口ぶりで、彼らは言葉を締めくくった。


(確かに、あいつは自分の気持ちに嘘をつけるような奴じゃない……)


 彼らの言う通り、サトシは素直でまっすぐだ。それだけに不器用で、嘘など付けたためしがない。
 そんなサトシを思い出して、シンジが口元に笑みを浮かべた。
 シンジの周りの空気が変わったのを感じ、ムサシたちの顔にも笑みが浮かぶ。そんな中、ニャースが耳を立てた。


「どうやらお迎えが来たようだにゃ」
「!」


 迎え、という言葉に、シンジの肩が跳ねる。
 泣いていた顔など見られたくはない。急いで涙を拭くも、安堵からか涙はあふれて止まらない。
 そんなシンジの背中を見つめながら、コジロウが肩をすくめた。


「どうする?」
「あら、私たちは悪役よ?最後まで悪役で通すのが筋ってもんでしょ」
「それもそうだな」
「そうなのにゃ」


 ムサシたちがくすくすと笑う。3つの笑い声を聞きながら、シンジは懸命に涙を拭いていた。


「ロケット団!どうしてこんなところに!!」
「ぴかっちゅう!!!」


 サトシの声が聞こえた。ピカチュウも一緒にいるようだった。
 ロケット団の影に隠れて、シンジの姿は見えていないようだった。


「あーら、ジャリボーイ。わざわざピカチュウを持ってきてくれたのかしら?」
「そんなわけあるか!俺は今、お前たちに構ってる暇はないんだ!」
「その理由ってのはこれかい?」


 ロケット団が左右に割れる。その奥には、シンジがいる。サトシが息をのむのがわかった。


「シンジ!!!」


 サトシの声にシンジが思わず振り向いた。にじむ視界の中にサトシを見つけ、シンジは微笑んだ。
 それ以上泣き顔を見られたくなくて、すぐにうつむいた。


「――何でシンジが泣いてんだ」


 押し殺したような声が聞こえた。押さえきれない怒りに満ちた、そんな声。
 サトシの声なのかと、一瞬本気で疑った。


「……あんたのためにあんだけ怒れる男が、あんたのことを嫌いなわけがないでしょ」


 馬鹿な子ね、とムサシが囁いた。どこか慈愛に満ちた声に、シンジがゆるゆると視線を上げる。ムサシはシンジを一瞥し、柔らかく笑った。
 その表情はすぐに消え、不敵な笑みに変わる。


「さぁて、どうしてかしらね?」
「ピカチュウと引き換えなら教えてやってもいいぜ?」
「ふざけるな!!!!!」


 サトシが吠えた。


「答える気がないんならシンジに聞く! ピカチュウ! 手加減するな! 全力で10万ボルト!!!」
「ぴぃかぁぢゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」


 10万ボルトだなんて、そんな優しい攻撃ではなかった。
 本物の雷が落ちたようだった。
 地面はえぐれ、あたりにはもうもうと煙が立ち込めている。
 ロケット団はとっさにソーナンスを出してわずかだが電撃をはじいたためダメージはないようだったが、その反動でいつものように空の彼方へと飛ばされてしまった。
 ――サトシが、切れた。それも、本気で。
 シンジは呆然とクレーターのできた地面を見つめていた。


「シンジ!!!」
「! きゃっ!?」


 煙を裂き、サトシがシンジの元に現れる。その勢いのまま抱きつかれたシンジは、驚いて悲鳴じみた声を上げた。


「シンジ、何があった。何をされた!」


 およそサトシのものとは思えない激しい剣幕でまくしたてられ、シンジはあっけにとられた。
 ――こんなサトシ、見たことがない。シンジはそんなサトシの顔に見入っていた。


「シンジ……!」


 悲痛な声に変わったサトシに、シンジは我に返った。


「さ、サトシ。私は別に何もされていない」
「……本当に?」
「ああ」
「……じゃあ何で泣いて?」
「それは……」


 ――言えるわけがない。サトシが本当に自分のことが好きなのか不安になって悪夢を見ていたことを話さなければならないから。
 目をそらしたシンジの頬を掴んで、サトシが拗ねたように言った。


「俺には言えない?」
「…………」
「俺じゃ、頼りない?」
「そんなことは……」
「そんなに言いたくないこと?」
「何て言えばいいか、わからないだけだ」
「……そっか」


 サトシは納得しかねる様子だったが、シンジの意思を尊重した。その代わりというようにシンジを抱きしめ、髪をなでる。
 シンジも、サトシの背中に腕をまわした。


(私は、本当に馬鹿だったのかもしれない……)


 ――こんなにも自分を想ってくれる相手を疑っていた。
 それが申し訳ないやら恥ずかしいやら。
 そして、彼は本当に、ロケット団の言った通りに答えてくれるのだろうかと、そう思った。
 顔をあげて、サトシを見る。それに気づいたサトシが、少しだけ腕を緩めた。


「……なぁ、サトシ、聞いてもいいか……?」
「うん?」
「私のこと―――」


 尋ねた問いに、サトシは当たり前じゃん、と言って、太陽のような笑みを見せた。
 ――好きに決まってる、と、そう言って。





―――悪夢を見せるのは君だけど、

     悪夢を取り払うのもいつだって君―――




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