憎い子鈍い子可愛い子






 サトシ達は今、ヒヨクシティを目指して旅をしている。現在はその途中にあった川のほとりで昼の休憩を取っていた。


「綺麗だなぁ……」
「そうだな」


 そよそよと風に揺れる柔らかい草の上に腰を下ろし、サトシとシンジは、川のせせらぎを聞いていた。
 視線の先には、太陽の光を反射して輝く小川がある。小川ではピカチュウとデデンネが水を掛け合って遊んでおり、飛び散る水が宝石のように見えた。
 兄妹みたいだな、とシンジが穏やかに笑った。


「可愛いなぁ」
「お前も混じってきたらどうだ?」
「ん……? ……いいよ。シンジといる」
「……そうか」


 ピカチュウとデデンネの微笑ましいやり取りに、サトシが楽しげに笑う。彼はポケモンと遊ぶのが好きで、ポケモンたちの遊びに交じることが多かった。きっと行きたいのだろうと思って問いかけてみると、彼はゆっくりと首を振った。
 優しげに瞳を細め、シンジに笑いかける。なんだか自分を選んでくれたようで、くすぐったい気持ちになる。シンジも淡く笑った。

 飛び石が濡れ、足を滑らせたデデンネが小川に落ちる。驚いたデデンネが慌てて自ら顔を出す。幸いにも彼女の体でも足がついてしまうような浅い小川で、大事にはならない。
 状況が理解できていないデデンネが、きょとんとした表情でピカチュウを見上げる。同じく驚いていたピカチュウが、デデンネの間の抜けた表情に、弾けたように笑った。デデンネもつられて笑った。


「本当、可愛い」
「そうだな」


 サトシが、かわいいと繰り返す。それにシンジも心から同意する。
 ピカチュウとデデンネは、今度は葉っぱの船を造り、一緒に川に流して遊んでいる。
 流れはひどくゆっくりしており、歩いていても流れる船に追いつける。2匹は手をつないで船を追いかけている。そんな光景を、かわいいとは思わずにはいられない。
 サトシが声を立てて笑った。


「サトシ……?」


 いきなり笑いだしたサトシに、シンジが眼を瞬かせて振り返る。サトシは優しい笑みを浮かべていた。


「さっきから会話がかみ合わないのがおかしくてさ」
「……? 噛みあっているだろう……?」
「全然違うよ」
「…………?」


 シンジは、先程までの会話を振りかえる。可笑しいところなど何もないように思える。
 何かの比喩だろうか? それともからかわれているのだろうか?
 意味がわからず、シンジは首をかしげた。


「確かに、あいつらのことは可愛いなぁって思って見てたよ」
「ああ」
「でも、俺が綺麗とか可愛いって言ってたのは、景色のことでも、あいつらのことでもないよ」
「……違うのか?」
「うん。全部シンジのこと」


 シンジが気付かないのがおかしくてさ、ともう一度声をたてて笑って、サトシは柔らかい笑みをシンジに向けた。
 綺麗と言ったのは、キラキラ光る川のことだと思っていた。けれどサトシは自分のことを言っていたのだという。可愛いと繰り返していたのも、ピカチュウたちのことではなくシンジのことで……。
 シンジはひどく赤面した。


「最初に綺麗って言ったのは、光があたって輝いているシンジの髪が綺麗だったから」


 そう言ってサトシはシンジの髪をなでる。
 シンジの髪は、川の水面の光を受けて、鮮やかに輝いている。


「次に可愛いって言ったのは、遊んでるピカチュウたちを見て笑ったのが可愛かったから」


 髪をなでていた手が、頬に滑り降りる。
 赤く染まった頬は、その分だけ熱を持っていた。


「最後に可愛いって言ったのは、ずぅっとシンジに可愛いって言ってたのに全然気付かないのが可愛くて」


 鈍いなぁ、とサトシが困ったように笑う。
 優しく頬をなでられ、シンジはぎゅう、と目を瞑った。


「もっ、もう、やめ……! もう、無理……!」
「あはは、照れた?」


 両手で顔を隠そうとするシンジの手を阻止して、サトシが笑う。
 ――ああ、本当に可愛い。


「本当、シンジは可愛いなぁ」





「私たちからしたら、シンジたちもデデンネ達も、どっちも可愛いよね」


 一連の様子を、双方見ていたユリーカが、微笑ましく言った。
 ユリーカは発明品を作るシトロンの横で寝転びながら和やかに景色を眺めている。


「そうだね。良いアイデアが浮かびそうだよ」
「よかったね、お兄ちゃん」
「うん」


 こちらも微笑ましいやり取りをしながら、2人でサトシ達を見守る。
 シンジはサトシの腕を逃れ、熱くなった頬を冷やすためにユキメノコに頬を包んでもらっていた。そんな様子でさえ、サトシは幸せそうに見つめている。
 その視線を感じているからか、シンジの顔色は一向に元に戻らず、風邪をひいているようにさえ見える始末だった。

 そんな様子を微笑ましく見ることが出来ない人物が、ここに一人。


「……何あれ、うらやましい」


 恨めしげな低い声で、セレナが呟く。
 セレナはサトシに恋する少女だ。幼いころから恋心を募らせてきた。
 そんな相手が目の前で他の女の子と親しくしていたら羨ましくなるのも当然だ。それも恋仲のごときリア充っぷりを発揮していたら歯軋りだってしたくなる。
 サトシには見せられないような顔で、セレナは拳を握りしめていた。

 セレナが血涙を流しながら眺める先で、サトシがユキメノコからシンジを奪い返した。ユキメノコはすねたようにピカチュウたちの仲間に入り、シンジはひどく狼狽した様子でサトシから逃れようといやいやと首を振った。
 しかしサトシはそれを許さず、抵抗する両手ごとシンジを抱きしめてしまった。
 声にならない悲鳴を上げるシンジには構わず、サトシはひどく幸せそうに笑った。


「シンジそこ代われ、ちくしょう!!!!!」


 地面に突っ伏して、セレナが拳を叩きつける。幸いにも草地であったため、手は痛めていないようだった。
 嫉妬のあまり、キャラも口調も変わってしまうセレナであった。




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