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『カスミ、少しいいか、』
カントーのハナダジムにて、一本の電話が入った。
ハナダジムのジムリーダー・カスミに連絡を入れたのは、彼女の友人であるシンジだった。
彼女がジムに挑戦した時に親しくなったのだが、両者がサトシの知り合いであると知り、その仲を深めたのだった。
そして現在では、恋の相談を持ちかけるまでに至ったのだ。
「どうしたの?」
『今日、サトシと再会した』
「あら」
シンジは今、カロスにいる。
サトシも新しい地方に旅立ったと聞いたのだが、まさか彼もカロスに行ったとは驚きだ。
頬を染めて、けれど憂いを秘めた表情をするシンジに、カスミが片眉を跳ね上げた。
「その割には浮かない顔してるわね?」
『・・・また、女と旅をしていた・・・』
「・・・あちゃー」
サトシは旅をしていく中で、ポケモンだけでなく旅の同行者までゲットする。
その中には女の子がいることが多い。
普通ならば仲がいいと微笑ましく思えばいいだけなのだが、サトシに想いを寄せるシンジにはその事実は重い。
唇を引き結び、シンジが眉を寄せた。
『・・・ああいう女が好きなのかな・・・』
「どういう子のこと?」
『・・・あいつの旅仲間の女って、かわいいものが好きだったり、おしゃれが好きだったり、女らしい奴ばかりじゃないか』
シンジの言った通り、サトシの旅仲間となった
少女たちは、総じて女の子らしい一面を持っている。
今まで旅をしてきた中で一番男勝りなカスミでさえ例外ではない。可愛いものやオシャレが好きだし、ポケモンだって可愛いもの(虫・水ポケモンは例外)を好む。
特に今回サトシと旅をする少女――――――セレナはそうだろう。
シンジはむしろ真逆だと言ってもいい。
服は男ものを好み、かわいいものやオシャレを敬遠している。
そうやって落ち込むのも無理はない。
「なら女の子らしい服とか着てみたらいいじゃない」
『え?』
「いつも男の子みたいな恰好をした女の子が可愛く着飾るの。男の子はギャップに弱いっていうでしょ?」
『し、しかし・・・』
「別にいきなりスカート穿け、とかそんなハードルの高いことは言わないわよ。ズボンとかでもいいから、女の子ものの服に変えてみればいいのよ。それだけでも大分印象は変わるでしょ?」
ね?と笑いかければ、あまり乗り気ではなさそうなシンジも、ゆっくりと頷いた。
不安げな表情を浮かべているシンジに、カスミは優しげに笑った。
「だーいじょーぶ!あなたは十分女の子らしいから!」
『・・・そう、かな・・・』
「そーよ!それに、普段男勝りなあなたが女の子らしい服を着るのよ?サトシへの印象付けにはなるわ!試してみる価値はあるでしょう?」
『まぁ・・・』
「なら決まり!服選びが不安ならまた連絡して!」
『分かった。ありがとう』
「どういたしまして!」
カスミは手を振ってシンジとの通話を切った。
笑みを浮かべていたカスミは真面目な顔を作り、そのまま別の番号へと電話をかけた。
「もしもし」
『ん?カスミか?どうした?』
電話に出たのは白衣を着た糸目の青年タケシだった。
「実はシンジから連絡が来てね。サトシと会ったって」
『!凄いな・・・。運命の赤い糸ってのは実在するものなのか?』
「かもね。サトシったら今、また新しい女の子と旅をしてて、シンジが不安になって手から女の子らしい服を着てアピールするように言って置いたわ」
『わかった。俺のところにはまだ連絡が来てないから、そろそろ来るだろう。それとなく見た目を気にするように言っておくよ』
「頼むわね」
『おう』
それから2人は二、三世間話をして電話を切った。
電話を終えたカスミはふう、とため息をつき、腕を伸ばして伸びをした。
「あの2人・・・いつになったらくっつくのかしら・・・?」
両片思いは見守る方がハラハラするものである。
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「あの2人・・・いつになったらくっつくんだろうなぁ・・・?」
カスミとの通話を終えたタケシは、首をかしげながら腕を組んだ。
2人を知る者が2人の様子を見れば、両思いであることは一目瞭然である。
気付かないのは本人達ばかりなり。
見守る方が疲れるのが両片思い。
その分くっついたら見守ってきた方も嬉しいものである。
早く成就しないものか、とタケシはカスミと連携し、サトシの相談に乗っているのだ。
「お?」
非通知からの連絡が来る。
非通知から来るのは間違い電話かサトシだ。
タケシは迷わず電話を取った。
「もしもし?」
『も、もしもし、タケシ!?し、シンジが!シンジがカロスに・・・!』
「落ち着け。カロスにシンジがいるんだな?」
『そう・・・!やばい、凄い嬉しい・・・!』
嬉しそうに頬を緩ませるサトシに、タケシも口元をほころばせた。
「じゃあ、カロスにいる間が勝負だな。カロスの旅が終わったら、また2人は別の場所を旅するんだろ?」
『ああ・・・。なぁ、タケシ。女の子の気を引くにはどうしたらいいんだ?』
真剣な顔をするサトシに、タケシは一つうなずく。
男らしい顔をするようになったなーと感慨深いものを感じながらタケシは言った。
「そうだなぁ、やっぱり喜ばせてあげるのが一番なんじゃないか?」
『喜ばせる?』
「そう。ああ、でも、バトルとかそういうことじゃなくて、女の子として扱って喜ばせてあげるんだ」
『む、難しそうだな・・・』
サトシもシンジもバトルが大好きである。
けれどバトルを始めると、ライバルとしてのスイッチが入ってしまって、とてもじゃないが、男女の関係に発展するようなことは起こり得ないだろう。
まずはそこから離れなければならない。
「サトシ。シンジにかっこいいって思われたら嬉しいか?」
『!!嬉しい!』
「男もそうだけど、特に女の子はな、見た目を褒められると喜ぶんだ。だから髪型とか服装とか、そういうちょっとした変化に気づいてもらえるのが嬉しいんだよ」
『そうなんだ・・・』
素直なサトシのことだから、人を褒めることに抵抗はないだろう。
好きな人であるから、照れが勝ってしまわなければ。
『でも、服は変わってなかったしなぁ・・・』
「なら髪形とか、他を褒めたらいいんじゃないか?しばらく会ってなかったんだし、髪は伸びているだろう?」
『確かに伸びてたかも・・・』
「だろ?」
『うん。次会ったときにでも試してみるよ』
「おう、頑張れよ」
『うん、ありがとな!』
じゃあまた!と言って、サトシは通話を切った。
通話が終わったタケシはふふっと口元を緩ませて笑った。
「サトシもだいぶ成長したなぁ・・・」
兄のような柔らかい笑みを浮かべて、タケシは席をたった。