期待を降ろす子供






サトシはマサラタウンの郊外にいた。
次の行き先はまだ決まっていない。
どこか遠くへ行きたい。
自分を知る者はいないような、そんなずっと遠いところに。


「どこに行こうかなぁ・・・」


行き先は決めずにマサラを出たのは初めてだった。
いつもどこに行くのかを決めて、ハナコのとオーキドに行き先を告げて旅に出るのが当たり前になっていたから、不思議な気分だ。
こんな風に逃げるようにマサラタウンから旅立つとは思っていなかったから、とても。
しかし、サトシはどこかすっきりとした表情をしていた。


「ピカチュウはどこに行きたい?」
「ちゃあ~」


聞かれても困る、というようにピカチュウは苦笑した。
それもそうだよな、とサトシも苦笑した。




――――――――ザリッ




「「!」」


地面を踏みしめる靴音に、サトシがびくりと肩を震わせる。
サトシをかばうようにピカチュウがサトシの前に立ちふさがる。
そうして相手を見て、ピカチュウは眼を丸くした。


「探したぞ、サトシ」


低い声が地を這うようにしてサトシに届く。
ゆっくりと振り返った先に見たのは、大の大人でも竦み上がりそうなほどのする同眼光を放つライバルの姿。
ひっ、とサトシが小さく悲鳴を上げた。


「し、シンジ、どうしてここに・・・!?」


サトシが後ずさる。
その中にただの恐怖ではなく”本物の恐怖”が混じっていることに気づいて、シンジがため息をついた。


「お前が連絡もよこさずふらふらと旅に出てしまうから、他の地方に行く前に探しに来たんだよ。まさか、保護者に行き先も告げないとは思わなかったがな」
「それは・・・」


逃げてきた、とはとても言えなかった。
逃げたなんて言えば、旅の仲間たちには落胆される。
ライバルである彼には、失望されたくない。
言葉に詰まったサトシに、シンジはまたため息をついた。


「いつか、こうなるとは思っていた」
「・・・え?」
「いつかお前が、あいつらの期待に耐えられずに逃げ出す日が来るのではないかと、うすうす思っていたんだ・・・」
「そ、か・・・」


サトシがゆるく苦笑した。


「呆れた?」
「ああ、呆れた。何故傷つくことを承知でトラブルに巻き込まれに行くのか、とな」
「え?」
「お前はいつも無茶しすぎなんだよ。たまには回避することを覚えろ」
「でも・・・」
「でもじゃないだろう!」


逃げてもいいと、シンジの口から言われるとは思わなかった。
仲間たちは自分が立ち向かうことを望んでいた。
サトシにしかできないことだから、サトシがするべきだと。
眉を寄せた顔は心配の色がにじんでいて、しかっているような口調も、自bんが傷つくことを恐れているハナコのものとよく似ていた。
心配をかけることを苦手としていたはずなのに、何だかとても胸が暖かくなって、サトシは泣きたい気持ちになった。


「情けないツラをするな」
「・・・っ!ごめ・・・っ」
「そんな顔で耐えるくらいなら、泣いてとっととすっきりしろ。見られたくないというのなら、背中を向けてやる」


シンジが背中を向ける。
ぶっきらぼうな口調から、シンジの優しさがにじみ出て、視界が歪む。
方に飛び乗ったピカチュウが目じりをぬぐってくれるけれど、涙があふれて止まらない。
そのうちにピカチュウが涙をぬぐうのをやめた。
どうやら彼も泣いているらしかった。


「なぁ、ピカチュウ・・・」
「ぴかちゅ・・・?」
「シンジに抱きついてもいいかなぁ?」
「!ぴかっちゅー!」
「そっか、ピカチュウも抱きつきたいか。じゃあ、一緒に抱きつくか!」
「ぴっかぁ!」
「せーのっ!」

「っ!?」


ぎゅう、と後ろから抱きつかれて、シンジがサトシを振り返る。
涙を流すサトシとピカチュウに抱きしめられ、シンジが困ったように眉を下げた。
どうすればいいのかわからず、シンジはサトシの顔にハンカチを押し付けた。


「・・・ありがと」
「別に。ほら、ピカチュウ」
「ぴかちゅ、」


ピカチュウを腕の中に呼び寄せ、指で涙をぬぐってやる。
ピカチュウを腕に抱き、背中をなでてやると、ピカチュウは笑った。


「あ、いいな、ピカチュウ。シンジー、俺も」
「はぁ?」
「駄目?」
「・・・はぁ、」


ピカチュウを腕に抱いたまま、サトシの背中に腕を回す。
自分の肩にサトシの頭を押し付け、ポンポンと髪をなでた。


「へへ・・・。ありがとな」
「別に。お前がこのままどこかへ行ってしまうと困るんでな」
「え?何で?」
「・・・俺との再戦の約束を忘れたのか?」
「そ、それだけのために追いかけてきたの・・・?」
「それ以外にお前に何を望めと?」
「・・・!」


髪をなでる手を止めないで、シンジが訝しげに眉を寄せる。
サトシはあっけにとられ、ピカチュウと顔を見合わせる。
また、涙があふれてくる。


「・・・っ!?おい、何故また泣く・・・!」
「・・・ははっ!何でもないよ」
「ぴかっちゅう!」


シンジはサトシに期待しない。
サトシに無茶をさせることを望まない。
望むのは最高のバトルだけ。
それはそれでなんだか釈然としないけれど、過度な期待を寄せられるよりはずっといい。
ずっとずっと気が楽だった。

再度シンジに抱きついたサトシとピカチュウにシンジが首をかしげる。
けれども無理に問うことはせず、ぽんぽんとまた2人の頭をなでた。


「・・・ところで、お前は一体どこに行くつもりだったんだ?」
「え?あ、いや・・・。行き先が決まってないから、旅をしながら決めようかなーって」
「・・・お前は・・・」


呆れたように溜息をつく。
サトシとピカチュウは申し訳なさそうに苦笑した。


「++地方を知っているか?」
「え?」
「ここから丁度裏側にある地方だ」
「裏側・・・」


唐突に聞き覚えのない地方の名前を出され、サトシが目を瞬かせる。
丁度裏側にある地方。
知らないのも無理はない。


「俺はそこに行こうと思っている。お前もそこに行かないか?」
「え?」
「お前を知る者はだれもいない」
「・・・っ」
「トラブルから逃げようが、咎める者はいない。悪くは、ないだろう?」
「うん・・・。それ、さいっこう・・・!」
「そこに、俺と行かないか?」
「ああ・・・行こう。2人で!」
「ぴかっちゅー!」

























サトシ達は地球の裏側にいた。
ポケモンたちだけでなく、植物や建物なども見たことのない趣や作りをしていた。
言葉が通じるのかもわからない。
けれどもサトシの隣には、シンジがいる。
前を歩かせるのではなく、隣を歩いてくれる人が。


「行こう、シンジ!」
「ああ」


サトシがシンジの手を引いて走り出した。
向かうは光溢れる希望の地。2人で一歩を踏み出した。


「新しい冒険の始まりだ!」


サトシの新たなる旅は、満面の笑みで始まった。




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