かわいいところ






ジョーイさんに診察してもらってから今日で3日。シンジの記憶は一向に戻らない。
さりげなく男らしい性格のシンジを推してみたんだけど・・・


『ふふ、変なサトシ。女の子は女の子らしい性格の方が可愛いでしょ?でも・・・サトシがボーイッシュな女の子が好きなら、頑張ってみようかなー』


とまぁ、可愛らしく、それはもうかわいらしくはぐらかされてしまったわけで。
このシンジは、可愛すぎて厄介だ。

でも、日がたつにつれて、シンジが可愛いことをすると、胸が苦しくなる。
可愛くていいな、って思うけど、辛くてたまらない。
どうしたら、この胸の痛みは消えるんだろう?
シンジが元に戻ってくれるんだろう?

俺は空を仰いだ。
綺麗な青空が広がっている。
でも、今はその青さが憎らしい。


「ぴかちゅ・・・」
「ピカチュウ・・・」


ピカチュウもいつものシンジじゃないと調子が狂うのか、ここ最近元気がない。
それはそうだろう。
いつもとは、180度違うんだから。


「ぴかちゅう!」
「ピカチュウ?」


ピカチュウが俺を見上げて拳を突き上げた。
頬袋をバチバチと言わせて、まるで、バトルを始めようと言っているようだった。


「そっか・・・。バトルか・・・」


俺もシンジも、バトルが大好きだ。
ポケモンの調整があるから、たまに断られたりするけど、ポケモンの調整が終わっていたら、シンジからバトルに誘ってくることも多い。
バトルをすれば、記憶を思い出すきっかけになるかもしれない。


「シンジ!」
「なに?」


近くでマニューラと遊んでいたシンジに声をかける。
シンジは大きな目を瞬かせて俺を見上げた。


「シンジ、久しぶりにバトルしないか?」
「え?」


シンジをバトルに誘うと、シンジは驚いたような顔をした。


「えっと・・・、ごめんね?私、バトル苦手なの・・・」
「・・・・・え?」


シンジが、申し訳なさそうに俺を見上げる。
シンジがバトル苦手?
あのバトルが大好きなシンジが?


「ご、ごめんね?その代わり、どこか遊びにいこ?この近くに水族館があるって聞いたよ」


ぱっとシンジが立ち上がって、俺の手を握った。
シンジは、遊ぶよりも、ポケモンが優先だった。
ポケモンを鍛えて、より高みを目指すことに一生懸命だった。
別に、シンジだって遊んだりしないわけじゃないと思うけど、バトルより遊びを優先するとは思わなかった。





ああ、そうか。
この子は、シンジじゃないんだ。





「さ、サトシ・・・?」


シンジが、心配そうに俺を見上げる。
けれども、すぐに、その顔は見えなくなった。
視界がぼやける。
目頭が熱い。
鼻の奥がツンと痛い。
ああ、泣いてるのか、と、どこか他人事のように思った。
シンジには見せたくなかったのに。
それでも、我慢できなかった。
シンジの前で、こんなみっともなく泣いてしまうくらいに、参ってたんだ。
目の前にシンジがいるのに、まるで別人のようなシンジに。
ずっと会いたくて会いたくて仕方なくて、ようやく会えたのに、どこかに消えてしまったようで、ずっと、辛かった。


「サトシ、どうしたの?大丈夫?」
「・・・だいじょうぶじゃ、ない・・・」
「た、大変・・・!ポケモンセンターにもどろ?」
「違う、俺じゃない・・・」
「え?」
「大丈夫じゃないのは、シンジだよ」


シンジが、俺の言葉にひゅっと息をのむ。
けれど、声を弾ませた。少し、震えているけれど。


「何言ってるの?私は大丈夫だよ。大丈夫じゃないのはサトシだよ」
「違う、違うよ。俺じゃない、シンジだ。なぁ、シンジ、早く、早く、」
「やめてよ、私は・・・!」

「早く、戻って、」


俺が言うと、シンジは俺の手を話して、ぺたりと座り込んだ。


「私、私は普通だもん・・・。私は・・・」
「シンジ、早く戻って」
「何でそんなこと言うの、私は・・・!」
「俺は、いつものシンジがいいんだ」
「――――っ!!!」


俺は、俺が好きなのは、いつものシンジなんだ。
ちょっと口が悪くて、目つきが鋭くて、男っぽくて、でも本当は、とっても可愛い女の子。
そんなシンジが、俺は好きなんだ。
だから、早く戻ってほしい。
憎まれ口を叩きながらも、俺とのバトルを楽しみにしてくれて、俺をまっすぐに見てくれるシンジに、早く会いたい。
だから、だから、シンジ。

早く戻ってきてよ。


「いいの・・・?」


シンジが、俺を見上げて呟いた。
俺も、ぼやける視界の中、シンジの前にしゃがみこむ。
ほんの少し下に、シンジの目線があった。


「いいの?口が悪くて、目つきも悪くて、女の子らしくないのに?それでも、それでもいいの?」
「いいんだよ。シンジにも可愛いところがあるってちゃんと分かってるし、俺はそんなシンジが大好きなんだ」


それに、シンジがちゃんと女の子らしくて可愛いところは、俺が、俺だけがちゃんと知っているから。


「そっか」


シンジは、綺麗な瞳から、そっと涙を流した。
多分、きっとこれが最後だろう。こんな風に満面の笑みを浮かべるのは。
その笑顔を目に焼き付けて、俺も笑った。




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