愛され若葉
「メスポケモンが行方不明になる事件が起きてる?」
釈然としない表情で、ベイリーフがたずねた。
その隣には、訝しげに眼を細めるマグマラシがいる。
「密猟?」
「いや、ピジョットの話だと違うらしい。まぁなんにせよ、メスポケモンもそれ以外も1人にならねえように呼び掛けるつもりだ。お前たちも1人になるなよ」
「わかった」
「わかったわ」
マグマラシの言葉にフシギダネが言葉を返し、注意を促す。
マグマラシもベイリーフもうなずき返すと、フシギダネは満足そうにうなずいた。
「お前たちはできるだけ人目につくところをまわれよ」
「え?いいの?」
「手伝うなっつっても聞かないのはわかってるからな。ケンタロス達には伝えたからすぐに情報も回るだろうし、俺たちサトポケに、そう簡単にやられるような奴はいねぇだろ」
「さっすがフシギダネ!わかってるぅ!」
ベイリーフがマグマラシを伴って草原の方へ向かって駆けだした。
「おーい、フシギダネー!」
「ん?どいそた、ブイゼル、ツタージャ」
研究所の方角から、ブイゼルとツタージャが駆けてくる。
フシギダネを呼ぶ声に、ベイリーフたちも立ち止まった。
「ジュカインを見ていないか?」
「ジュカイン?いや、見てないな・・・」
「ベイリーフたちは?」
「見てないわ」
「何か用でもあるの?」
「ジュカインに特訓の手合わせを願いたいんだが、見つからなくてな」
困った、というように、ブイゼルとツタージャが眉を下げる。
マグマラシたちも困った、というように顔を見合わせた。
今、ポケモンたちが次々に行方不明になる事態が起きている。
仲間の位置が把握できないのは不安だ。
「おーい、ブイゼルー!」
「「「!」」」
空から声が降ってくる。
見れば、黒い翼の少年・オオスバメがツタージャたちの上空で滞空していた。
「オオスバメか、丁度よかった」
「ん?」
「ジュカインがどこにいるか知らないか?」
「え?ブイゼルたちも知らないの?」
「「「え?」」」
オオスバメがタイミングよく表れたことで、ブイゼルたちの興味がそちらに移る。
ジュカインの自他ともに認める親友のオオスバメなら、彼の居場所が分かるかもしれない。
けれども、そんな期待を裏切るように、オオスバメが驚いたような顔をした。
「俺もジュカインを探してるんだけど、だれもジュカインを見てないの?」
「「「・・・」」」
オオスバメが首をかしげながら、ゆるゆると地面に降りてくる。
ベイリーフたちは顔を見合わせた。
「・・・まさか、例の事件に巻き込まれたんじゃ・・・」
「もしかして、ケンタロスの言ってた?」
「しかし、ジュカインはオスだぞ?」
「いや・・・ちょっと、待て」
神妙な顔でうつむくマグマラシにオオスバメが片眉を跳ね上げる。
ツタージャが訝しげに眉を寄せると、フシギダネが慌てたような声を上げた。
「あいつ・・・見た目だけなら完璧メスじゃねぇか・・・!」
「「「あっ」」」
「た、大変だああああああああああああああああ!!!」
沈黙を落としたフシギダネたちの元に、ナゾノクサが叫び声をあげながら走ってきた。
「!?どうした!?」
「フシ・・・っ!」
ナゾノクサの後ろについてきたフカマルがフシギダネにすがりつく。
「ジュカ、ジュカとズルが・・・!」
「やっぱりフラグだったか・・・!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!一体何があったの!?」
「そ、それが・・・」
フカマルの口から出たジュカインの名前に、フシギダネがうなだれる。
可愛がっている後輩が事件に巻き込まれたかもしれないとわかり、ベイリーフがナゾノクサに先を促した。
そうしてナゾノクサは話した。
ジュカインがズルッグとフカマルと修業しているとオーロットとクリムガンが現れたこと。
そいつらが子供を産ませるためにジュカインを連れ去ろうとしたこと。
ジュカインを守ろうとしたズルッグを人質にジュカインを誘拐したこと。
すべて包み隠さずに。
「ふ、ふふふふふ・・・」
すべてを聞き終わって、不気味な笑い声をあげたのはツタージャだ。
「ジュカインを孕ませる・・・?何を馬鹿なことを言っているのかしら?それに加えてズルッグを人質にした?血祭りなんて生ぬるい」
ツタージャが普段からは考えられないような鋭い目で言った。
瞳孔の開いたそれは、可愛らしい見た目と相まって恐ろしい。
ツタージャは同じ素早さを生かした戦法を取る実力者・ジュカインに憧れを抱いていた。
そんな尊敬する先輩と、可愛い弟分が誘拐されたのだ、その怒りは当然と言えた。
「ジュカインが望んだことならいざ知らず、私利私欲のためだと?ふざけるなよ」
「あはっ、おかしなことを言うやつらだね」
強くなることを望むブイゼルは、良くジュカインにバトルの相手を頼んでいた。
彼もジュカインに憧れている1人である。
マグマラシは意外に思われるだろうが、ジュカインと仲がいいのだ。
ワニノコと、3人だけの同い年。必然的に会話を交わすことも多い。
仲間であり、友人であるジュカインを連れ去ったなど、許すわけもない。
背中からはすさまじい勢いの炎が燃えている。
「私たちの仲間に、いいえ、後輩たちに手を出したこと、必ず後悔させてあげるわ」
「ぎゃう・・・フカが喰ってやる・・・」
「そんな奴ら食べたらお腹壊しちゃうから、跡形もなく消そう?」
ベイリーフは自分にとって初めての後輩であるジュカインを可愛がっている。
女の子であるため、母性というものが働き、幼いズルッグのことも可愛がっていた。
フカマルはジュカインを同じ卵グループのよしみで慕っているし、ズルッグを弟のように思っている。
オオスバメは重ねて言うが、ジュカインの親友だ。
全員が全員、冷え切った目をしているのも当然だ。
「お前ら、研究所内外問わずサトポケを集めろ。二度とこんな馬鹿な真似できねぇよう、殲滅すんぞ!」
フシギダネの威勢のいい声に、雄叫びが上がった。
風のごとく研究所の方々に散ったサトポケ達を見て、1人置いてけぼりのナゾノクサがそっと手を合わせた。
「(よりにもよって、ジュカインに手を出すなんて・・・御愁傷様です)」
誘拐犯フルボッコフラグはすでに建設された。
フラグとは折るものでも潰すものでもなく回収するものだ。
サトポケたちによって建設された死亡フラグはすでに折ることすら不可能なほど、太く頑丈に建設されているのだった。