熱に浮かれて
俺――サトシ――は今、カロス地方のとある街に来ていた。
アルトマーレとは少し違うけど、街中に水路がめぐっているすごくきれいな街だ。
太陽の光が反射してすんだ水がキラキラ光ってる。
何かいいことがありそうな気がして、ユリーカに機嫌よさそうだね、って指摘されるくらいには浮かれてたんだ。
この町にはどうやらポケモンセンターはないらしくて、自炊しなきゃなんないけど、格安の宿に泊まることになった。
本当にこんな値段で泊まっていいのかなってくらいに綺麗な宿で、俺はますます機嫌がよくなって、宿に荷物を置いたらすぐに街に飛び出していった。
するとどうだろう。こんなところで会えるとは思ってなかった人物――シンジと再会したんだ。
シンジはジンダイさんに勝利した後、シンオウとカロスの間にある諸島を通ってカロスに着たらしい。だから俺より速くカロスについていて、バッジも俺より2つ多かった。
そんな感じでお互いの近況を離した後、念願のバトルをした。
本当はお互いにフルバトルをしたかったけど、こんなところでシンジに会うことになるとは思っていなかったから、俺はピカチュウにヤヤコマ、ケロマツの3体しかもっていない。
シンジもせっかく新タイプが発見されたのだから、とフェアリータイプをゲットするために手持ちをあけていて、数はお互いちょうど3体ずつだった。
結果は俺の負けだった。
まだゲットしたばかりで経験不足のヤヤコマたちにシンジの相手は荷が重かったかもしれない。
俺のミスもあって負けてしまったけれど、楽しいと思えるバトルだった。
シンジもリーグ戦が楽しみだと言ってくれた。
今日はいいことづくめだな、と思った。
それが昨日の話。
昨日はバトルが終わったのが夕方だったから、お互いすぐに別れて宿に戻ったけど、やっぱりシンジにシトロンたちを紹介したいのと、昨日のシンジはちょっと変だったから心配だったってのもある。
ちょっと顔が赤かったし、少し咳も出ていた。
本人は大丈夫だって言ってたけど、もしかしたら風邪かもしれない。
「シンジの奴、どこにいるんだろ・・・」
宿の名前くらい聞いておけばよかったな。
そんなに大きな町ではないけど、入り組んだ水路が多くて道に迷いそうだ。
「ぴかぴ!」
肩に乗ったピカチュウが声を上げる。
小さな手で指さす方を見れば、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
シンジだ。
でかしたぞ、ピカチュウ!そう言って頭をなでてやると、ピカチュウは嬉しそうに笑った。
さすがはピカチュウだぜ!
「シンジ!」
シンジを追いかけて走る。
シンジの背中を見ていると、おかしなことに気づいた。
いつもきびきびと歩くシンジが今日はやけにゆったりと歩いている。
やっぱり具合悪いのかな・・・。
――ふらり、シンジの体が傾いた。
「シンジ!?」
倒れる前に、何とかシンジの体を受け止める。
危なかった。もう少しで倒れるところだった。
抱きとめたシンジはやっぱり熱かった。
顔も真っ赤でつらそうだ。
病院に連れて行ってあげたいけど場所はわからないし、この町にポケモンセンターはない。
「・・・俺たちの宿に連れていくか」
「ぴかっちゅ!」
シンジを宿に連れて帰ると、シトロンたちは出かけているのか、誰もいなかった。
そう言えば、朝食を食べた後に出かけるって言ってたっけ。
シンジを俺たちの泊っている部屋に連れて行ってベッドに寝かせる。
桶を借りて、タオルを用意して、後、風邪薬だな。俺は持ってないから宿の人にもらおう。
必要なものを用意して部屋に戻る。
タオルをぬらして額に乗せると、その冷たさでかシンジが目を覚ました。
「・・・?」
「!シンジ!目を覚ましたのか」
「・・・サトシ?何故、お前が・・・」
「シンジ、熱で倒れたんだよ。だから俺のと目ってる宿に連れてきたんだ」
「熱・・・」
道理で体がだるいわけだ・・・。
シンジはそう呟いて大きなため息をついた。
っていうか、そんなつらそうなのに気付いてなかったのかよ・・・。
「とりあえず薬飲むか?食前でも大丈夫なやつもらってきたんだけど・・・」
「・・・飲む」
水の入ったコップと薬を渡す。
薬を飲んで横になると、シンジが俺の方を向いた。
「・・・お前、部屋を移った方がいいんじゃないか?風邪、移るぞ」
「大丈夫だって!多分」
「多分かよ・・・」
シンジが呆れたように溜息をつく。
ここ何年か風邪なんて引いてないし、大丈夫、だと思う。
苦笑していると、シンジのまぶたが落ちていて、眠たそうにしているのに気がついた。
「ほら、寝ていいぞ」
そう言って横髪をなでていると、シンジの目がゆっくりと閉じられる。
しばらくなでていると、呼吸が一定になってくる。どうやら眠ったらしい。
病気の時は寝るのが一番だよな!
「(でも、寝る前に着替えさせるべきだったかな)」
うっすらと汗をかいている。
汗が冷えたら風邪が悪化しそうだよな。
簡単にだけど額と首をタオルで拭う。
体をふくのは戸惑われるっていうかだめだよな!
相手が男ならまだしも、シンジは女の子だし。
セレナたちが帰ってきたら頼もう。
「・・・に、」
「ん?」
ぬるくなったタオルを取換えようとすると、シンジが何かを呟くのが聞こえた。
寝言かな?そう思って耳を近づけてみる。
「・・・あにき、」
シンジの呟きを聞いた瞬間、カッと頭が熱くなった気がした。
ドロドロしたものが胸のあたりに渦巻いている気がして気持ち悪い。
今目の前にいるのは俺なのに。たとえ兄妹でも他の男を呼ぶなよ。
理不尽な怒りがわいてきて、頭が沸騰しそうだ。
シンジがまたうっすらと口を開く。
聞きたくない。俺以外の名前を呼ぶな。
俺はシンジの口をふさいだ。