花に焦がれる






サトシたちは森の中の花畑にいた。
見渡す限りの広がる色とりどりの花々は、まさに圧巻の一言だった。

昼食を食べられるような場所はないものかと探していたときに、花の甘い香りに誘われて、ハリマロンが偶然見つけた場所だった。
「ハリマロンの食いしん坊もたまには役に立つのね!」とユリーカが無自覚に毒を乗せた言葉を吐いて、その花園の美しさに飛び跳ねていた。
今は昼食がすみ、食休みとして各々が好きなように過ごしている。

サトシはピカチュウとともに花畑で花とともに踊るポケモンたちと戯れ、セレナはフォッコに花を飾っている。
シトロンは荷物の整理をしながらも、この風景に見惚れ、ユリーカはかわいらしい花の観察にいそしんでいる。


「ヨ~ン」


ひらひらとゆったり翅を羽ばたかせて、蝶が飛ぶ。
見覚えはあるが、みたことのない翅をもつポケモンに、サトシたちの歓声が上がった。


「わぁ、ビビヨンだぁ!」
「でも見たことのない翅の模様ですね」
「ほんと、ビオラさんのビビヨンとも仲良くなったビビヨンとも違うわ」
「綺麗だな~」


ビビヨンは風に合わせてふわりと舞う。青色の翅もふわりと揺れる。
それにあわせて鱗粉が飛び、きらきらと美しく輝いている。
まるでコンテストを見ているようだ、とサトシは眼を細めた。

ごそごそと花が動く。ユリーカのすぐそばに咲く白い花の群生だ。
何かいるのだろか?とユリーカがその花を凝視した。


「フラァ!」


白い花を持った妖精とみまごうばかりの愛らしいポケモンが、水面から顔を出した時のごとく息を吐く。
自分の身の丈ほどの白い花を抱えたポケモンは、きょろきょろと辺りを見回し、ユリーカと目が合うと、にこりと微笑んだ。


「か、かわいい~!」


ユリーカが頬を上気させる。
ユリーカが声を上げたことでサトシたちが何だなんだと周りに集まった。


「どうした、ユリーカ」
「可愛いポケモンがいたの!」
「え?ポケモンなんていませんけど?」
「え?」


きょろきょろと辺りを見回すシトロンの言葉に、ユリーカが驚いて白い花に目を向けた。
しかしそこには先ほどのポケモンはおらず、ユリーカも必死になってあたりを探す。
ふと、何かに気づいたセレナがユリーカの肩をたたいた。


「もしかして、あの子?」


指さされた先には先ほどの青色のビビヨンと白いポケモンがいた。


「あの子!あの子よ!お兄ちゃん、キープ!キープ!!」
「わかったから落ち着いて」


シトロンの服にしがみつき、飛び跳ねるユリーカをなだめるように頭をなでる。
しかしユリーカの興奮はなかなか収まらず、頬は上気したままだ。


「フラ~」
「ヨ~ン」


ビビヨンと白いポケモンがすいーっと風に逆らって進んでいく。
それに気づいたユリーカが後を追う。そんなユリーカをサトシたちは更に追いかけた。

木々を迂回して、その裏へと向かう。木々で見えなかったが、その裏手にも花園は続いていたらしい。
2匹はそこを進んでいく。


「フラ~!」
「ヨ~ン」


2匹が速度を上げる。
嬉しそうな声をあげて進む2匹に、何かあるのだろうか、とその先をみると、そこには1人の少女がいた。

ビビヨンはその少女の周りを舞い、白いポケモンはその少女の肩に乗った。
それを見て、ユリーカたちは足を止めた。


「もしかして、あの子のポケモンなのかな?」
「あれだけ仲がいいのなら、そうかもしれませんね・・・」
「そんなぁ・・・」


セレナとシトロンの言葉にユリーカががくりと肩を落とす。
2人でそれをなだめていると、立ち尽くしていたサトシがゆっくりと少女に歩み寄った。


「シンジ、」
「・・・サトシ、」
「久しぶりだな」


サトシが好戦的な目を向ける。
唐突に、予想外の相手に声をかけられ、シンジと呼ばれた少女が目を見開く。
けれどもサトシの目を見て、すぐに不敵な笑みを浮かべて笑った。


「お前もカロスに来ていたのか」
「ああ」


獰猛な色を宿した鋭い目が少女を貫く。
少女も、同等の鋭いまなざしを持って、サトシを見つめた。


知らない顔をしたサトシに、シトロンたちの心臓がドクリと跳ねた。


「あ、あのっ、サトシ!し、知り合いなの?」


たまらずにセレナがたずねた。


「おう!シンオウで出会った俺のライバル・シンジだ!」


セレナの声に振り返ったサトシは自分たちの良く知る里氏で、セレナたちはほっと息を吐いた。


「そうなんだ。私はセレナ!よろしくね!」
「私、ユリーカ!こっちはお兄ちゃんのシトロン!」
「初めまして」
「トバリシティのシンジだ」


お互いに自己紹介を済ませると、ユリーカがシンジに尋ねた。


「ねぇねぇ、シンジさん。そのポケモンってシンジさんの?」
「ん?ああ、こいつか。そうだが?」
「そっかぁ・・・」


肩に乗った白いポケモンを示し尋ねれば、答えは予想通りのYes。
分かっていても残念な気持ちは変わらない。
落胆したユリーカを見て、シンジがサトシに目配せすればサトシは苦笑した。


「ああ、ユリーカがそのポケモンを気に入ったらしくてさ。シトロンにゲットしてもらおうとしてたんだ」
「ああ、それでか、」


シンジが納得したようにうなずいた。
この白いポケモンは愛らしい見た目をしている。
女の子ならゲットしたいというのもうなずける。
シンジの場合は図鑑をかざしてみて、フェアリータイプだと知りゲットに至ったのだが。


「ところで、そのポケモンは何ていうんだ?」
「フラエッテだ」
「フラエッテかぁ」


サトシがフラエッテに図鑑をかざす。
じ、と図鑑を見て、それからあれ?と首をかしげた。
そんなことには気づかずに、シンジはユリーカの前にしゃがみこんだ。


「ユリーカ、だったか?」
「え?う、うん・・・」
「フラエッテの進化前、フラべべの生息地ならこの近くだぞ」
「え?ホント?」
「ああ」
「お兄ちゃん!見つけたら絶対ゲットしてね!」
「はいはい」


嬉しそうに笑うユリーカを見て、シトロンも嬉しそうに微笑む。
それを見て、フラエッテが穏やかな笑みを浮かべてシンジに擦り寄った。
指でフラエッテの頬をなでていると、サトシがなぁなぁと言いながら隣にしゃがみこんだ。


「シンジのフラエッテ、図鑑の色と違くないか?」
「あ、ホントだ。フラエッテはお花が白いろね」


サトシの言葉にセレナも図鑑を広げる。
図鑑には赤色の花を持ったフラエッテが表示されているが、シンジのフラエッテは白い花を抱えている。


「色違いってやつですか?」
「いや、フラべべ系列は生息する花園によって花の色が違うんだ」
「どんな色がいるの?」
「たしか・・・赤、白、青・・・黄色にオレンジ、だったと思うが、」
「すっごーい!いろんな色がいるのね!」


シトロンの言葉に答えると、今度はユリーカが疑問を提示する。
好奇心旺盛な兄妹だ。そして仲がいい。
どちらかが嬉しそうにすると、もう片方も嬉しそうに笑う。
微笑ましい兄妹に、ついつい頬が緩む。


「そういえば、ビビヨンの翅の模様も生息地によって変わってくるのよね」


セレ場がシンジの周りを舞うビビヨンを目で追いながら尋ねた。
ビビヨンは鱗粉を散らしながら美しく舞っている。


「ああ。私のビビヨンは雪国の模様だ」
「雪国の模様?」
「模様に名前があるんですか?」
「ああ。ハクダンジムのジムリーダー・ビオラさんは知っているな?あの人のビビヨンともようが違っているのが気になってな、調べてみたんだ。どうやら、翅の模様1つ1つに名前がついているらしい。現在18種類が確認されているそうだ」
「へぇ、そうなんだ~」
「シンジ詳しいなぁ」


ビビヨンが翅を強調するかのようにくるりと回る。
フラエッテも、その隣に並び、その美しい翅に見惚れている。
やがて満足したのか、はたまた疲れたのか、シンジの後ろに回り、シンジの上にとまった。


「・・・ビビヨン、降りろ。それか背中にしろ」


シンジの目はわずかに鋭くなる。
ビビヨンは意外と重たいのだ。背中や肩ならまだしも、頭に乗られて耐えられるような重さではない。


「(あ、かわいい)」


サトシが口の中で呟いた。
サトシの一からではビビヨンの体が見えてしまうが、シンジが少しこちらを向くと、丁度ビビヨンの体はシンジの頭で隠れてしまう。
その姿はまるで――・・・


「シンジさん、リボン付けてるみたい!」
「あ、ホントだ!」


セレナとユリーカも、どうやらサトシと同じことを思ったようで、にこにこと笑って青色のリボンことビビヨンを見つめている。


「・・・リボンをつけるような趣味はない」


シンジに促されてビビヨンがシンジの背中に貼りつく。
すりすりと嬉しそうに頬をすりよせ、ビビヨンはご満悦だ。
シンジにくっつければ、どこでもいいらしい。


「今度は羽が生えたみたい!」


ユリーカが嬉しそうに笑う。
いたたまれなくなったのか、複雑そうな表情を浮かべてシンジがビビヨンに離れるように促した。


「ヨ~ン・・・」


残念そうな声をあげながら、ビビヨンが背中から降りる。
ふらふらとシンジのそばを漂い、それからぺたりとユリーカの背中に貼りついた。


「今度はお前に翅が生えたな」


くすっ、と喉の奥で笑ったシンジを見て、ユリーカが照れたように笑う。
それから何を思ったのか、たたた、とシンジに駆け寄り、少し勢いをつけてぴょん、とシンジに抱きついた。


「どうした?」
「あのね、シンジさん。シンジお姉ちゃんって呼んでもいい?」
「え、」


ユリーカの唐突な申し出にシンジが目を丸くする。
ユリーカはシンジの鳩尾あたりに額をすりよせた。


「だめ?」
「いや・・・別にかまわないが・・・何故?」
「えっとね、私のお姉ちゃんになってほしいから!」
「「「「えっ」」」」
「というわけで、シンジお姉ちゃん!お兄ちゃんをシルブプレ!」


そう言って、ユリーカは嬉しそうに片膝をついた。
私の手を取って、と言わんばかりに手を差し出される。
シンジは状況が飲み込めないのか、首をかしげた。


「ゆ、ゆゆゆ、ゆり、ユリーカああああああ!!?」
「(ユリーカああああああああああ!!?!?)」


シトロンが叫び、サトシが心の中で叫んだ。
シトロンは赤面し、サトシは蒼白している。


「どういう意味だ?」
「私ね、お兄ちゃんのお嫁さんを探してるの!」


言葉の意味を理解しかねたシンジが、もう一度尋ねる。
答えは帰ってきたものの、やはり意味を測りかね、反対側に首をかしげた。


「えーと・・・それで、何故私に?」
「えっと、あのね。私、お兄ちゃんが大好きなの!だからお兄ちゃんには美人で優しくて、素敵な人と結婚してほしいの!シンジお姉ちゃんならきれいだし、可愛いところもあるし、優しくってポケモンに詳しくて素敵だなって思ったの!あとね、あとね!私がシンジお姉ちゃんが私のお姉ちゃんになったらうれしいなって思ったの!だからお兄ちゃんをシルブプレ!」


満面の笑みで嬉しそうに言うユリーカに、シトロンは照れて悶えてしまう。
セレナがなだめるも顔の赤みは一向に引く気配はない。

必死になってシトロンを進めるユリーカにシンジが口元に手を置いて、考えるそぶりを見せる。
それがサトシには予想外で、思わず慌てた。
ビビヨンとフラエッテも驚いたようで、おろおろと彼女の周りを漂っている。


「お兄ちゃん、いい人よ!ちょっと頼りないところもあるけど、バトルも強いし優しいの!」


そう言ってぎゅうぎゅうともう一度シンジに抱きつく。
随分と気に入られたものだ、とシンジは他人事のように思った。


「そうか・・・。そうだな。私より強くていい男だと思えたら考えてみるのもいいかもな」


シンジがユリーカの柔らかな金髪をなでる。
ユリーカの目が輝き、頬を上気させて、シンジのお腹に顔を埋めた。
その時、シンジがちらりとサトシを見たのだが、それに気づいたのはピカチュウだけだった。


「(いやいやいや、ちょっと待てよ!?シトロンはいい奴だけど!いい奴だけどさ!断れよ!?)」


サトシが顔を青く染める。
隣にいるシトロンは逆に顔を赤く染め上げ、目を見開いている。


「こ、断らないんですか!?断ってくれてかまわないんですよ!?」
「妹にこれだけ慕われているのなら、悪い奴ではないだろう。考えてみるのもありだと思っただけだ」


シンジが未だに抱きつくユリーカの背中をぽんぽんと軽く叩きながら微笑めば、シトロンはオクタンも真っ青なほど顔を赤く染め上げた。
ぼっと火を噴いたようだ。
この上なく赤く染まった顔を隠すようにシトロンが据わりこみ、膝を抱えた。


「~~~!シンジ!!」


耐えられないと言わんばかりにサトシがシンジに声をかける。
シンジに抱きつくユリーカをやんわりと引きはがし、サトシがシンジの手を引いた。


「おい?」
「ちょっと話したいことがあるんだ」
「シンジお姉ちゃんを連れて行かないでよー、私も話したいんだから!」
「ごめんな、ユリーカ。こればかりは譲れないんだ」


サトシがなだめるようにユリーカの頭をなでる。
ぶう、と大きく頬を膨らませたが、わかったと言って、しぶしぶうなずいた。


「行こ」
「ああ・・・?」


首をかしげながらうなずけば、サトシがシンジの手を引いて歩きだした。
最初にサトシたちが見つけた花畑の入り口まで戻る。
セレナたちからは見えない位置だ。
そこまで行って、サトシはようやく足を止めた。


「・・・何で断らなかったんだ?」
「断る?・・・ああ、さっきのアレか」
「何で?」
「・・・さっきも言っただろう?悪い奴ではないと判断したからだ。それとも何か?私の認識は間違っているのか?」


シンジがけげんな表情でサトシを見つめる。


「間違ってない!シトロンはいい奴だよ!」
「ならいいじゃないか。それに私は考えてみると言ったが、了承はしていないぞ?」
「(でも、それってつまり”いい”と思ったら、結婚するってことだろ?)」


訳がわからない、という表情でサトシを見つめるシンジ。
サトシは憮然とした表情でシンジをぎゅう、と抱きしめた。


「(絶対シンジより強い、誰にも負けない良い男になってやる!)」


心の中で意気込むサトシにシンジはこっそりと背中に手をまわした。
肩口に頬をつけてみるのだが、それでもサトシは気付かない。
シンジは思わず声を立てて笑った。


「・・・何笑ってんだよ?」
「いや、お前が面白くて、つい」
「(ああ、くそっ!可愛いなぁ、もう!)」


肩口に顔をつけて笑いをこらえるシンジにサトシが悶え、抱きしめる腕に力を込める。
そんな2人をこっそりとつけてきたピカチュウが『(お前たちもう結婚しろ)』と呆れた表情で見ているのだが、それはまた別の話である。




























((っていうか俺、シンジに抱きしめられてないか?))
(どうした?)
(いや、何でもない・・・)
(そうか(こいつ面白いな・・・))




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