シンジin霧崎
霧崎第一高校には食堂が存在する。
もちろん購買もあるのだが、食べざかりの高校生が購買に売っているようなパンでは物足りず、もっぱら食堂が利用されている。
とはいえ、食堂とはいっても、それは名ばかりで、実際にはカフェテリアといったほうが正しいというのが霧崎第一高校の食堂事情である。
一回に存在する食堂は中庭へと続くテラスが存在し、そこら一角はどう見てもおしゃれなカフェにしか見えない。
どう見ても学校に存在するはずのない空間が広がっているが、そこは金持ち校、誰も疑問に思うものはいない。
(特待生などは心底驚いていたが)
そんな名ばかりの食堂の一角に、霧崎バスケ部レギュラーはいた。
「おいおい、シンジ。もう食べれないのかよ?」
人相の悪い赤髪の少年が困ったように、紫色の髪の少年に声をかけた。
紫色の髪の少年――シンジはテーブルに突っ伏し、まだ半分以上おかずの残ったトレイを赤髪の少年――山崎の方へと押しやっていた。
「シンジってばホント食べないよねぇ?大きくなれないよん」
「俺は別に小さくないです」
山崎の次に声をかけたのは長い前髪で顔を隠した少年――原だった。
シンジの隣に座った彼は、自身の食事を終え、好物のガムを噛み、風船のように膨らませている。
そんな彼の逆隣に座ったつややかな髪の黒髪の少年――花宮がふはっと独特の笑みを漏らした。
「何だよ、全然平気そうじゃねぇか。ほら、もっと食えよ」
「もう無理です・・・」
原の言葉に反論するために身を起こしたシンジが、またテーブルに突っ伏する。
にやにやとあくどい笑みを浮かべる花宮を見て、山崎たちが苦笑した。
彼も、一般の男子高校生からすれば、本当にそれで足りるのかと驚かれるほどの少食だ。
彼の前にはトレイが一つしか置かれていないが、どうやらそれでも食べすぎたようで、彼の顔色もあまりよろしくはない。
無理をして完食したのだと理解できる。
それならなぜ食べたのかというと、要はシンジの前で恰好つけたかっただけなのだ。
これで少しは食べる量が増えればいいのだが。
そう思ったのは花宮の正面に座った少年――古橋だけではないはずだ。
「もう一口食べたら後は俺たちが食べよう」
「無理です・・・」
古橋が提案するが、シンジは突っ伏したままゆっくりと首を振る。
正直、この少なさは心配になる。身長と体重が釣りあっていない。
花宮より食べないとかwwwwwwとは原の言葉である。
さてどうしたものか、と頭を悩ませていると山崎がシンジのしようした箸を持った。
「ほら、あーんってしてやっから喰え」
そう言ってシンジに箸を向ける。
お母さんか、と原が噴き出した。
すると、顔をあげて山崎を見たシンジがさしだされた白米をパクリと食べた。
それはもう、雛鳥のような愛らしさで。
「「「「えっ」」」」
花宮、原、古橋、ひいてはあーんを仕掛けた山崎までもが声を上げた。
え、何これ何これ何これ。
めっちゃ可愛いんですけど!?
ちょ、誰か今の撮ってないの!?
あざとい、シンジあざとい!!
そうして4人が大混乱に陥る中、今まで眠っていた少年――瀬戸がむくりと起き出した。
「あれ、ホントだったんだ」
「あれって「レイジさんが言ってたんだよ。昔、料理作りにはまってた時に味見させまくってたら箸向けると反射的に食べるようになっちゃったんだってさ」
「「「何それ可愛い」」」
俺もシンジが可愛くて起きちゃったんだけど。
そう言って瀬戸は前髪を持ち上げた。
そんな会話に気づかずに、シンジは口に入っている白米を飲み下し、またテーブルに突っ伏した。
途中から会話を抜けた花宮が、そんなシンジに声をかけた。
「ふはっ、お前にしては頑張ったんじゃねぇの?」
「・・・はい」
「大丈夫かよ?」
「何とか・・・」
「水でも飲むか?」
「もう入りません」
今にも消え入りそうな声で話す癖に何か口に入れるかと尋ねると妙にきっぱりと断ってくる。
「背中さすってやろうか?」
「お願いします・・・」
そうは言ったものの、あまりにもぐったりとしていて、背中をなでることすら戸惑われる。
しばしの逡巡ののち、花宮は気まぐれに頭をなでて見せた。
「・・・さすってくれるんじゃなかったんですか」
そう言って睨んでくる眼光は鋭い。
しかし睨まれた程度でおびえるような細い神経はしていないうえに弱っていて迫力のない睨みなど、花宮には効かない。
耳が赤くなっていて、いっそ愛らしい。
しかしまぁ、プライドの高いシンジにそんなことを言ってしまえば、拗ねて口をきいてくれないことは考えなくてもわかる。
花宮はシンジの髪を梳いた。
「あー・・・頑張ったごほーび?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて花宮が言えば、シンジは腕に顔をうずめ「・・・もっと、」と消え入りそうな声で呟いた。
そんなシンジに花宮が硬直した。
シンジの希少なデレに悶え、にやけそうになる顔を必死で抑え、花宮はシンジのデレにこたえるべく彼の頭をなでた。
「「「「お前らかっわいいな!!?」」」」
そう叫ぶ4人の声が食堂に響き渡る。
そして、この光景を携帯、スマホ、ビデオカメラで撮影していた古橋に死角はなかった。