黒バス×ケンイチ






「あー腹減ったな~。」

「マジバ寄ってく?」

「行くいく!」

「何頼もっかな~。」


誠凛バスケ部は厳しい練習を終え、帰路についていた。
しかし、激しい運動の後、ということもあり、当然腹が減る。
放課後にマジバによるのは、もはや日課だ。

いつものようにマジバへと向かう道を曲がると、そこには白い壁が立ちはだかっていた。
先頭を歩いていた日向がそれにぶつかりかける。
慌てて止まったが、バランスを崩し、壁に支えられて何とか体勢を立て直した。
そして、それが壁ではなく、人であるとわかったのは体勢を立て直した後だった。
2メートルはあろうかという巨漢が5人。日向はそのうちの1人とぶつかったのだ。


「す、すいません・・・!」

「こちらこそ申し訳ない。」


空手だか柔道だかはわからないが、少しくすんだ白い胴着を着ている。
顔もいかつい強面だが、武術を志すだけあって、礼儀はわきまえているらしい。
それにほっと溜息をつく。
ふと、強面の巨漢の1人が、何かに気づいたのか、一歩前に出た。


「その制服・・・誠凛のものか?」

「え?あ、はい。そうです。」


5人は顔を見合わせる。
うなずきあう5人を見て、何事だと、1年生と相田をかばうように2年生が身構えた。


「すまないが『降旗』というものを知らないか?誠凛の生徒だと聞いたのだが・・・。」

「・・・何の用ですか?」


礼節はわきまえているが、見るからに怪しい5人組。
珍しい名字故、誠凛には降旗は1人しかいない。
伊月が日向に並び尋ねた。


「ぜひ『降旗』の看板をいただきたく思い、道場を訪ねてみたところ、次期当主を倒して来いと言われてな。『降旗』の次期当主を探しているところだ。」


そう言って豪快に笑う巨漢。
すると、こつり、と小さな足音が響いた。
よどみなく一定のリズムを鳴らす足音は、日向と伊月を追い越したところで止まった。
自分たちよりも少し低い位置にある茶髪が視界に映る。
巨漢の前に立った小さな背中はいつもより細く見える。
一瞬、状況が見えなかったが、すぐに理解した。降旗だ。彼らが捜しているであろう、降旗だ。
普段ビビりである彼が平然と巨漢の男たちの前に立ちふさがっていた。


「つまり道場破りというわけですか。」

「いかにも。」

「そうですか・・・。」


そう小さくつぶやいて彼は肩にかけてあったスクールバッグを地面に置いた。
その意味が理解できないほど、巨漢の男たちは馬鹿ではなかったらしい。


「お前が『降旗』か?」

「はい。道場破りなら、この紙に名前と流派を書いて、そこに書かれた金額をお支払いください。なお、そこにかかれたとおり、負傷、もしくは命を落とした場合でも『降旗』は何の責任も負いませんので。」


淡々と告げる降旗に、バスケ部一同が目を見開く。
彼は今何といった?命を落とす?道場破りで?そもそも彼は武術など使えるのだろうか?
降旗はバスケ部で2番目に背が低く、体重も軽い。
それに比べ、相手は火神や木吉よりも大柄だ。腕の太さなど、降旗の太ももよりも太い。
火神や木吉が2人が駆りでも勝てるかどうかわからないような相手だ。
そんな巨体を相手に、棒のような細身で戦おうというのか。


「代表はわしじゃ。」

「あ、全員でかかってこないんですね。」


渡された紙とお金を確認し、スクールバックにしまう。
挑発ともとれる言葉に男たちが片眉を跳ね上げる。
けれど、それ以上は特に反応を示さずに降旗の準備が整うのを待つ。


「正々堂々とした人ですね。酷い人になると、紙を渡した時についでに気道をつぶしてこようとする人もいますよ。」


そう言いながら、降旗はゆっくりと立ち上がる。
ちらり、と後ろを振り向き、常の優しい笑みを漏らす。


「大丈夫です。だから少し離れててください。」


いつもの暖かな笑顔を見せられては、うなずくほかに選択肢はない。
顔を見合わせ、少し距離を置いた。
それを見届けた降旗は、もう一度笑みを浮かべ、巨漢に向き直った。

準備は整った。
2人は一礼する。
巨漢は下段の構えをとった。
下段でなければ、降旗の身長よりも高い位置に拳を置くことになり、腹部がおろそかになるからだ。
一方の降旗は、両手を下ろしたまま、自然体を崩さない。
けれど、隙が見えないのは、それが彼の構えであるからだ。


「近藤流空手道場師範・近藤もぶ男、参る!」

「降旗流活人術次期当主・降旗光樹、お相手します。」


巨漢、近藤と名乗った男は大きく踏み込み、降旗の懐に飛び込んだ。
師範というだけあって、力強く、素早く、迷いのない見事な踏み込みだ。
しかし、それは一般的な武術家としては、の話だ。


「フリ!」

「降旗ー!」


火神たちが声を上げる。
悲痛な叫び声だ。降旗は思わず苦笑した。
降旗は決して油断などしない。自分が強いなどとは決して思っていない。
それは彼がビビりで、自分を卑下してしまいやすい性格だからというだけではない。
武術、否、戦いは、最後まで何が起こるか分からないからだ。

懐に入り込んだ近藤は、正拳突きを繰り出した。
ごく普通の正拳突き。ごく普通の基礎中の基礎。
しかし、基礎とは基盤のことだ。
だからこそ基礎の技というのはシンプルでありふれている。
難しい技では基盤にならない。基盤にするのが難しいからだ。

基盤の強さが分かれば、その実力もおのずと測れる。
だからこそ彼は、あえてこの技を選んだのだろう。
降旗はにこりとほほ笑んだ。
彼は挑戦者であることをしっかりと理解している。
自分が子供だからと侮っていたりはしない。
ならば、こちらも答えなければ。

降旗は、左足の踵を軸に、身を反転させた。
と、同時に右腕で半円を描くように相手の拳をはじく。
円の動きは、相手の力に反発せず、力をいなすには最適な動きだ。
円の動きにより、近藤の拳は弾かれた。
腕が弾かれたことにより、わき腹が大きく開く。
そこに降旗が踏み込み、体重を乗せた拳を深々と突き刺した。
ボクシングでいうなれば、ボディブローである。


「ぐっ・・・!」


近藤が大きくよろめく。
目は若干うつろになりかけ、口の端からは黄色がかった白い液体が流れている。
かろうじて吐くことは耐えたようだが、衝撃は胃にまで伝わったらしく、胃の中身が逆流してきたのだ。
それでも彼の目には、確かな光がともっている。
降旗は嬉しそうに笑った。


「あなたは、さぞいい師範代なのでしょうね。」


そう呟くように言って、鋭い手刀を首筋に埋めた。




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