ホラークラッシャー降旗くん






体育館に迷い込んだテケテケさんの末路


 ずるずると体を引きずる上半身だけの女。バスケがしたくてたまらずに真っ先に体育館にやってきた降旗を抜いた1年生一同は、それを激しく後悔していた。


『アシほしイヨォ……あしガホシィ……』


 嘆くような声が背筋を這う。――逃げなければ。見つかったら殺される。
 幸いにもそれはこちらの存在に気付いていない。気付かれる前に逃げなければ。そう思うのに、足が動かない。


『そのアシィ……いいナァ……』


 化け物が、こちらの存在に気付いた。


『ソノアシちょおだあアアアアアアああぁああァいっっっ』


 上半身だけしかないとは思えない早さで、化け物が迫ってくる。喉の奥で、悲鳴が上がった。


「おーい、お前ら何入り口で立ち止まってんだよ?」


 ――ぐしゃり、
 陽気な声と何かを踏みつける音。「おぶふぉお!!!」という潰れた悲鳴。入り口で硬直していた4人はあんぐりと口を開け、声をかけてきた人物を見やった。
 この場にいなかった降旗である。彼のクラスは少し早くHRが終わり、先に体育館に来ていたようだった。
 練習を始める前にモップをかけるのだが、モップを抱えて現れた降旗は普段通りだった。――まるで化け物など存在しないとでもいうように、平然と化け物を踏みつぶしていた。


「早くモップかけしないと、先輩達来ちゃうぞ?」


 不思議そうに首をかしげて、降旗は一足先にモップをかけ始めた。――化け物を巻き込んだ状態で。


『いいぃだあああぁぁあぁ!!! チョッ、カラマってる! からマッテるかラァ!!!』


ずるずるずる・・・


『ネェ、キいデブううっ!!! と、とまってえエエええええエエエエエええ!!!』


ごしごしごし・・・


『ご、ゴメンなざあああいい!!! もうここにはゴナイからぁ!!!』


ずるずるずる・・・


『うわあああアアああああああキこえてねええええええええエエエエえ!!! このニンゲンレイカンダアアアアアアアアアアッ!!! だれかたすケデぶああああああっ!!!』


 化け物は降旗がかけているモップに巻き込まれたまま抜け出せずに体育館の床にこすりつけられている。しかし降旗にはどうやら見えてもいないし聞こえてもいないようで、素知らぬ顔をしている。
 見えていないと判断できるのは、ビビりの降旗がこの化け物を見て悲鳴をあげないはずがないからだ。
 意図せずして化け物をぼろぼろにして退散させてしまった降旗に、4人は心強さとともに恐怖を感じたのだった。



+++



トイレに現れた花子さんの運命


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 それは監督、相田リコの悲鳴だった。お手洗いに向かったはずの相田が、悲鳴をあげてトイレから飛び出し、そのまま腰を抜かしてしまった。


「カントク!? どうした!!」
「と、とい、といに、といれにっ! ば、ばば、ばけ、ばけものがっ……!!!」
「は!?」


 血の気を引かせた相田に、真っ先に駆け寄った日向はトイレの奥を見やった。


『オネィちゃぁん……あぁそうボぉ?』


 トイレから顔を出した幼い少女が、ねっとりとした声をあげ、まっすぐに相田を見つめていた。
 目は落ちくぼんでいて眼球は見えない。深淵が広がっている。その異常さに、相田だけでなく彼女を心配して駆け寄ってきた部員達も悲鳴が喉元までせり上がってきた。


「虫でも出たんですか?」


 否、一人だけきょとんとした表情で首をかしげるものがいた。――降旗だ。
 俺、流してきますよ?と困ったような、恥ずかしそうな表情で苦笑して、トイレに向かっていく。女子トイレに入るのは気が引けるようだが、敬愛するカントクが困っているのならば、と意を決して降旗はトイレに入っていった。
 もちろん部員たちは悲鳴を上げた。彼らには異常なものが見えているから。


『オニイチャん……ダメダヨォ、おんなノコのおてあライにはいってキチャア……』


 少女は気分を害したように降旗を見上げた。深淵だと思われた闇の奥から、充血した瞳が現れ、部員たちはとうとう悲鳴をあげた。
 しかし降旗はそれには気づかない。


「あ、虫が浮いてる……」


 降旗はそう呟いて水を流すレバーに手をかけた。


『アタしをながすツモリなのォ? そんなんじゃアタシハたいじデキナイヨォ?』


 少女がおかしくてたまらないというように顔を歪めた。
 降旗はためらいなく水を流す。アハは!と狂ったように笑いだした少女の顔色が一変した。


『エ?う、うそ、な、ナガサレるううううう!!? い、イヤあああああ!!! ナガサナイデえええええええええ!!!』
「あれ? 流れていかない……。軽いからかな……」
『お、おねいチャンをコワガラせたことアヤマルからぁあああ!!! イヤアアアああああああああ!!! ながされるぶ……っ』
「あ、やっと流れた」


 流れる水が収まり、降旗は大役を果たしたようににこやかに笑って部員たちを振りかえった。


「ちゃんと流れましたから、もう大丈夫ですよ!」


 うん、君が思っているものとは全然別のものもね、とは誰も口にできなかった。



+++



憑いて来た人形さんの不運


「フリハタ君、どうしましょう、これ……」


 深刻そうな声で降旗に声をかけたのは黒子だった。彼の手には古めかしい人形が握られている。その人形はニタニタと君の悪い笑みを浮かべ、血糊のようなものが口の周りにこびりついていた。
 部室にいた者たちが、その気味の悪さに後ずさった。その中でお人よしの福田が心配そうに黒子の声をかけた。


「ど、どうしたんだよ、それ……」
「なんか、ついてくるんです。何度捨てても……」
「やばい奴じゃん! お祓いには?」
「効果なしです」
「お、おぅ……」


 小声でかわされた会話には気づかず、降旗は人形を見て目を丸くした。


「うわ、凄い汚れてるね。とりあえず拭いてみる?」


 降旗は人形が汚れてしまったことを気にしているのだと判断したらしく、ハンカチを取り出した。
 降旗が人形に触れると、人形がケタケタと笑いだした。


『わぁ、ナンテオイシそうなニンゲンなの?』


 口が顔の端まで裂ける。それに気づいた小金井がひきつった声を上げた。
 しかし降旗はそれに気づかずに、ハンカチで人形を拭き始めた。


『おぶぅっ! チョッ、ま……っ!』
「あれ? 全然落ちない……」
『オノレェ! クラッテやるぞ、ニンゲン!!!』
「人形って洗っても大丈夫だっけ?」
『キイているのかッ!!!』
「黒子~。洗濯してみてもいい?」
「えっ? あ、どうぞ、お好きなように……」
「わかったー」
『ちょ、ナニヲするきだっ!!!』


 降旗は零感である。霊が何をしようが感じないし見ることも聞こえることもない。人形が激しい形相で暴れていても、降旗にはただの人形でしかない。
 降旗は容赦なく人形を洗濯機に放り込んだ。


『おい、キサマ! ナニヲするきだっ!』
「洗剤はさすがにまずいかな……。このままでいっか」
『お、オイ! おごふぉお!!?』
「あ、意外と大丈夫そうかも」
『い、イヤアアアあああ!!! メニミズが……! め、メガ、めがまわ……っ! おえっ、は、ハキそう……』
「あ、洗濯終わった」


 洗濯が終わり、降旗が人形を取りだす。けれども降旗は首をかしげていた。


「あれ?やっぱり汚れが落ちない……」


 取れるわけがない、と一連の流れを見ていた部員たちは思った。
 だってどう見たって人間を食べた時の汚れですもの。
 言動から察するに、その人形は人間について回り、人を喰らうのだ。
 汚れが落ちないのに困ったように眉を下げたふい旗は、ベンチに人形を置き、自分のカバンをあさろうと背を向けた。


『お、オノレ、にんげん……!ヨクモこのワタしにこのヨウナぶれいヲッ……!』
「どうしたらいいかな……」
『クッテやる……!クロウテやるゾオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 人形の顔面が大きく裂ける。大口を開け、人形が降旗に向かって飛びかかった。


「!! フリハタ君、危ない!!!」
「え?」


 怒り狂った人形が降旗に襲いかかるのを間近で見ていた黒子が、降旗に向かって手を伸ばす。
 けれど、動き出したのは人形の方が早かった。


(駄目だ……!間に合わない……!!)


 後ろでは福田の悲鳴が聞こえる。他の部員の声もだ。
 唯一状況を理解していない降旗だけが、首をかしげている。


『があぁっ!!!』


 人形の大口が、降旗の首筋をとらえた、



――パァンッ



 ぱしゃん、と水滴が滴り落ちるような音が聞こえた。
 え、と誰かが声を上げた。

 黒子は状況が理解できなかった。
 ――降旗に人形のことで相談を持ちかけて、降旗は人形の汚れをどうにかしてほしいという相談だと勘違いして、洗濯気にかけられた人形が怒り狂って降旗に牙をむいた。
 殺された、と思った。先程聞こえた水音は、確かな重みがあって、真っ赤だったから。
 けれども降旗は相変わらずきょとんと呆けたままだった。


「あ、あれ……?」


 ――人形がいない。
 否、人形はそこに、確かにあった。
 降旗に襲いかかった瞬間、無残にもそれは内側からはじけたようにただの血糊へと変化してしまったけれど。


――しゅぅぅぅぅぅぅ……


 その血糊も、蒸発しているのか、白い煙となって、風に攫われていった。


「……どうしたの、黒子」
「……え? あ、え……?」
「あれ? 人形は?」


 不思議そうに首をかしげる降旗に、黒子は何も言えなかった。


(最初の一件でうすうす思ってはいましたが、フリハタ君は想像以上にチートなのかもしれません……)


 ――神社の神主さんやお寺のお坊さんさえ手に負えなかった人形を、あっさりと退治してしまったのだから。



+++



降旗光樹

零感。神様レベルで強い霊じゃないと見えない。それすらも見えないかもしれない。
普通の零感よりもさらに零感。むしろ何故そこまで零感なのか不思議なレベル。
幽霊とかオカルト全般に対してはビビり発動しない。
たとえ見えたとしても、普段のビビりはどこいったってくらいに動じない。
害をなすオカルトを消し去る力がある。しかし完全に無自覚で無意識のもの。
除霊とか浄霊とかそんなレベルじゃない。完全に排除する力。
ただし、害をなそうとしなければ大丈夫。
単に驚かそうとするとかそんな可愛いものなら平気。
霊から降旗には触れないが、降旗からは触れる。しかし認識できないので、霊にダメージが行くだけ。
霊相手だと淡々としているが、人間相手だとビビりな小動物天使。
えっ、何この子、怖い。

「死してまでこの世に残って幸せな人を怨むような弱い人間に、俺は負けない」(ブチ切れ)
「え? 今なんかいたの? は? 俺が箒で吐き捨てた? 何それ」(日常)
「死人に何が出来るの? 死人に口なし、生きてる人間の方がよっぽど怖いよ。赤司とか赤司とか赤司とか」(悟り)


こんな感じの降旗君、いかがです?
続きはありませんけれど。




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