人間・夏目の出会い
「くっー・・・!」
夏目は走っていた。
森の中をただがむしゃらに走っていた。
昼間なのに薄暗い森は「何か」が出そうで薄気味悪い。
そして夏目は、その「何か」に追われている。
事の発端は一匹の蝶だった。
下校途中、友人と歩いていたら、目の前を一匹の蝶が飛んでいったのだ。
赤紫色の美しい蝶だった。
美しい羽根をゆったりと揺らしながら飛ぶ蝶に言葉を忘れた。
けれど、美しい羽根以上に目を引いたのが、蝶の体にからみつく蜘蛛の糸だった。
日差しを浴びて蜘蛛の糸は白銀色に輝いていた。
蝶がゆったりと羽根を揺らめかせていたのは、この糸が重いからだろう。
とってやろうと手を伸ばせば、糸はするりと指をすり抜けた。
もう一度手を伸ばして、気がついた。
ここはどこだ?
我に帰った時には、夏目は森の奥にいた。
蝶に誘われ、蜘蛛に絡みとられ、行きついたのは「何か」の巣。
目の前にガ、幼いころから見えた変なもの。
『妖怪』と呼ばれるものの類が大口を開けて待っていた。
間一髪、逃れた夏目はただがむしゃらに走っている。
森の、こんな奥まで来たことがない。
正直、何がいるのか不安であるが、ここで止まれば後ろの妖に喰われてしまう。
走らねば。走らねば。
苦しい。肺に空気が届いてないような感覚。
「っあ・・・っ!」
(やばー・・・!!)
足がもつれ、地面に倒れる。
木の根に頬を擦ったが、気にしていられない。
振り返れば、そこにはやはり、妖が大口を開けていた。
(喰われるー・・・!!!)
そう思い、目をつぶった瞬間ー、
「征ッ!」
鋭い声が飛び、一陣の赤い風が吹いた。
赤い風が自分と妖の間に入り、飛んだ。
それが赤い髪をした、刀を持った男だと気付いたのは、刀を振り下ろしたはずなのに、聞こえた打撲音を聞いた後だった。