降旗in秀徳
秀徳に来ないかと言われて一週間。
降旗はいまだに信じられないという心持で中谷に渡された秀徳のパンフレットを眺めていた。
進路が決まらなかったことと、あまりにも突然のスカウトに、思わずその場で了承してしまったが、正気に戻って血の気が引いた。
秀徳と言えば、バスケの強豪。
三大王者の一つに数えられる全国クラスのチームだ。
深く考えずにスカウトに応じてしまったが、そんなチームに行って、自分に一体何ができる?
満足にドリブルもできず、シュートも全然入らない。
パスだって、3年間慣れ親しんだチームメイトだからこそ回せるのであって、自分がそんな強豪に行くなど、場違いすぎるではないか。
行くならば、3年間、毎日欠かすことなく練習に励んでいたチームメイトの方がふさわしい。
申し訳ないが、今からでも断ろう。
自分が行くべきチームではない。
決して、自分なんかが行っていい高校ではないのだ。
「何考え込んでんだ、降旗。」
「わあっ!?」
唐突にかけられた声に、降旗が肩を揺らす。
自分をバスケに誘ってくれた友人が、前の席へと腰をおろし、苦笑した。
「悪い、何か真剣な顔してたから悩み事かなと思ってさ。」
「・・・そっか。」
「・・・やっぱ、悩み事か?」
「・・・うん。」
心配そうに見つめてくる友人に、降旗がうつむく。
中谷にスカウトされた時、この友人も、同じ場所で同じ話を聞いていた。
けれど、スカウトを受けたのは、真剣にバスケに取り組んでいた彼ではなく、マネージャーの道に逃げ込んだ降旗だった。
そんな自分が秀徳に加わってもいいものだろうかと、降旗は悩んでいた。
「・・・俺、この前の話、断ろうと思って・・・。」
「何で、」
「俺、ドリブルもシュートも全然ダメだし、パスもうまく回せる自信なんてない。
ずっと真剣にバスケに打ち込んできたわけでもないし、何もできない役立たずが、そんな俺がスカウトされるなんて、きっと何かの間違いだよ。」
「そんなことない!!!」
がたん
椅子が倒れんばかりに勢いよく立ちあがった友人は、怒っているのか泣いているのか、とにかく形容しがたい表情で降旗を見つめていた。
どちらかといえばおとなしい彼が、こんなに大声を出すなんてと、思考があらぬ方向に飛んだ。
「何もできないなんて、役立たずなんて言うな!!
今まで俺たちを支えてくれたのはお前だ!励ましてくれたのはお前だ!
3年間頑張ってこれたのはお前のおかげなんだよ・・・!
だから・・・そんなこと言うな!絶対に言うな!!!」
今にもこぼれおちそうなほどに涙をためて、友人が叫んだ。
「マネージャーの仕事だけでも大変なのに、いつも俺たちの練習に交じってくれて・・・。
辛いだろうに、疲れてるだろうに弱音も吐かないし、いつも笑顔だし・・・。
そんなお前を見て・・・俺たちも頑張ろうって思えたんだ・・・!
だから役立たずだなんて、お前にだって言わせない!
次そんなこと言ったら校内放送でお前のいいところ、尽きるまで並べ立ててやる!!」
ビシッと人差し指を突き付けて睨みつける友人。
目には涙がたまっていて、まったく迫力がない。
同じく涙があふれてきた降旗が、思わず笑った。
「・・・何笑ってんだよ?」
「ごめん、ーありがとう。」
伝う涙をそのままに、降旗は満面の笑みで笑った。
大丈夫。もう大丈夫だから。
友人は、一瞬呆気にとられて、それから笑った。
「・・・練習くらい、いくらでも付き合ってやるよ。」
「ありがとう、頼む!」
そっと拳を合わせた。
それと合わせるように、心も、触れ合った句がした。
「お前が友達でよかったよ。」
やるからには全力で、がんばってみるよ。
そう言い残し、教室を出て行った降旗に、友人は思わず机に突っ伏した。
「ちっくしょ・・・!あの無自覚たらしめ・・・!」
そう悪態をついて、それから、机に置かれえた秀徳のパンフレットに、そっと微笑んだ。
(お前なら大丈夫だよ。俺が惚れた男なんだから。)