降旗in秀徳
大坪は監督である中谷の機嫌が妙にいいことに気がついた。
膝に置かれた指が、リズムを刻んでいる。
これは中谷が機嫌のいい時に無意識に行う癖である。
シューターおよびPG不足で頭を抱えていた昨今、緑間がスカウトに応じた時以来の上機嫌だ。
同級生の宮地や木村も気づいていたらしく、顔を見合わせている。
近寄りがたいほど機嫌がいい中谷に、部員たちが思わず後ずさる。
いい年下おっさんが花を散らしていても可愛くなんてない。
むしろ気味が悪い。
誰か声かけろよ、お前が行けなどと話しているが、中谷はそんな声にも気づかない。
いっそ深刻なほど上機嫌だ。
次期キャプテンとして代表で大坪が声をかけることになった。
心境はまさにどうしてこうなった!である。
「あ、あの・・・監督・・・。」
「ん?何だ、大坪。」
「いや・・・。機嫌いいですね?何かあったんですか?」
恐る恐る声をかけると、以外にも中谷はいつもと変わらぬ対応をとった。
自分の勘違いかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
いつもすました中谷が、今日は楽しげに口元を緩ませていた。
「ああ・・・。いやね、ちょっと掘り出し物を見つけたんだよ。」
「掘り出し物・・・?」
「磨けば光る、原石のような選手だよ。」
「は、はぁ・・・。」
才能ある選手を見つけたという解釈でいいのだろうか。
大坪は中谷は珍しく遠回しな物言いに、思わず眉が寄る。
中谷は子供のように愉快そうな眼差しのまま続けた。
「私はね、彼に期待しているんだよ。彼は育て方によっては唯一無二の選手になる。
天性のものとは言い難い、おそらく経験からもたらされた才能だろうあの観察眼。
チームの力を引き出す能力なら、あの赤司をも超えてくれるのではないかと私は思っている。
キセキの世代を前に彼の心が折れなければ、向こう3年は安泰だろう。」
あまりほめるということをしない中谷が、過大評価すぎるほどにほめている。
声が聞こえた者たちは顔を青くして硬直した。
赤司を超える?あの厨ニレベルが天元突破しちゃってるくせに天帝の目とかいうこれまた厨ニ全開の癖にやたらめったらチートな未来を見る目を持つキセキの世代の主将を超える?
あの厨ニを筆頭にツンデレ電波に脳筋暴君、駄犬モデル、お菓子の巨神兵なんて絶対に遭遇したくない個性の塊をまとめ上げ、トリプルスコアをいとも容易く叩き出しちゃうような化け物を超える?
勝利は基礎代謝とか言われちゃうレベルのモンスター相手に何かで勝つとかそれなんて無理ゲー?
監督、そいつホントに人間?
平面と立体の区別がつかなくなったのかと思わず眼科を進めたくなるほどには戦慄した。
「ああ、早く来年が来ないものか・・・。」
一生、来年なんて来ないでくれ!!!
秀徳バスケ部一同、これまでにないほどに心を一つにした瞬間だった。