降旗先輩






中学校の部活動には仮入部期間というものがある。
実際に体験して、部の雰囲気を知ってもらうために設けられた期間だ。
しかし、それはただの聞こえのいい名目であって、
実際は3年間部活を続けられるかどうかをふるいにかけるのが目的である。
特に、強豪と呼ばれる帝光中学バスケ部は、新入生用の特別メニューが用意されているほどだ。
初心者も含まれているため、2・3年からすれば易しいものであっても、
新入生からすれば泣き言を漏らしたくなる程度にはつらいメニューであろう。
息も絶え絶えに床にへたり込んでいる者もいたほどだ。
しかし今日、そんな地獄の期間が終わり、待ちに待った本入部に日がやってきた。

期待に胸を躍らせる新入生たちは2・3年生が練習をしている隣で横並びに並ばされていた。
はじめは7,80人ほどいた新入生たちも、今では半分ほどに減っていた。
名門だけあって、残ったのはほとんどがバスケ経験者である。
そして、そんな彼らの前に立つのは5人の少年らだ。


「えっと、新入生の諸君!バスケ部にようこそ!
 主将は所用で遅れるんで、先にあいさつさせていただきまーす!」


新入生の顔を見渡して真っ先に口を開いたのは、いかにも軽薄そうな少年だった。


「俺は2年の高尾和成。副主将でっす!
 ポジションはPG!面白いこと大好きなんで、面白い事は逐一俺に報告してください!
 以上、副主将からでした~。次はエースの火神君!よろしく!!」


大げさな身振りで自己紹介を終え、高尾は隣にいた大柄な少年にバトンを渡した。
エースとしての威厳をもったどっしりとした少年だ。
少年は「おう!」と一言、意気込んでうなずいた。


「2年の火神大我だ。ポジションはPF。
 あ、あと主将が来る前に行っとく。
 主将だけは怒らせんなよ、絶対!以上!」


主将の名を口にし青ざめるエース。
よく見れば他に4人も、わずかながらに顔色が悪い。


「いや~、大丈夫よ?怒らせなければ普通にいい子だし。」


怒らせなければ、という部分がやけに強調されていた気がするが、この際気にしないでおくことにしよう。
火神が隣に立つ少年の肩に手を置いた。
どことなく、気弱な雰囲気を感じる少年だ。


「ほら、桜井。」

「は、はい!すいません!
 えっと・・・2年の桜井良です。ポジションはSGです。
 せ、先輩後輩とか気にせず声をかけてください。
 い、以上ですすいません!ふ、福田君、お願いします!」

「お~。」


途中途中止まりながらだが、何とか自己紹介を終える桜井。
隣にいる福田という少年は苦笑しながらうなずいた。


「2年の福田寛です。ポジションはC。
 俺も後輩ができてマジ嬉しいんで、俺にも気軽に声かけてくれたら嬉しいです。
 以上。次、河原~。自重しろよ~。」


高があいさつで何を自重しろというのか。
そう思って新入生たちはいぶかしんだが、目の前に並ぶレギュラーたちは苦笑している。
過去に何かあったのだろう。
ちなみに、河原というのは坊主頭の少年だ。


「2年の河原浩一です。ポジションはSFです。
 え~っと、自重しろと言われたんで一言。
 先輩後輩関係なしに仲良くしていきましょう!以上!」

「お前、一言で挨拶済ませられんじゃねぇか!」

「自重したんだよ!1年をあんまり立たせとくのもかわいそうだろ!!」


どうやら自重しろというのはあいさつの長さのことらしい。
彼は話が長いようだ。


「はいは~い!ちゅうも~く!」


高尾が大きく手を振って自身へ注意を向けさせる。
手を振っていたのは、後ろのほうにいる新入生のための配慮だろう。


「えっと、試合は大体この5人と主将を基盤に組み立てるけど、
 相手との相性によっては誰にでもチャンスがあるから腐らずに練習しようね!」


高尾はそれだけ言って、新入生に笑いかける。
言っている言葉の意味は理解しかねるものが合った。
「百戦百勝」を掲げるこの帝光中バスケ部で、誰にでもチャンスがあるはずがないのだ。
勝つために強いものが試合に出るのは当然と言ってもいい。
高尾の言葉に眉を寄せたものは少なくはない。
けれど、高尾はそれを全く意に介さずに笑みを浮かべている。
ふと、2,3度瞬きを繰り返したかと思うと、高尾の笑みが溶けるような暖かい微笑みに変わった。
それから、元気よく声を張り上げた。


「みんなー!主将様のお出ましだー!!!」


彼の見つめる先を見れば、そこには亜麻色があった。
大げさなほどに大きく手を振る高尾に小さく手を振り返す。
その顔には曇りのない笑顔が浮かんでいた。
彼はすぐに2年生5人たちの元に駆け寄ってくる。
半ば押し出されるような形で中央に立った。


「所用で遅れました。2年の降旗光樹です。
 主将をやらせてもらっています。ポジションはPGです。
 新入生のみんな、入部してくれてありがとう。
 何で俺が、って思う人も多いと思うけど、一応主将なんでよろしく。
 あのメニューで新入生がこんなに残ってくれるなんて思ってなかったよ。
 根性ある子が残ったんだと思うから、3年間腐らずに頑張ってほしい。
 それこそ、俺たちをレギュラーの座から引きずり下ろす勢いで。」


降旗はそう言って、好戦的な赤い目に向かってほほ笑んだ。


「俺たちはお前たちの背中を見るのを楽しみにしているよ。」


そう言って、降旗は踵を返した。
他の5人も、一番小さい彼の後に続く。
彼の背を見て、なぜ彼が主将なんだといぶかしんだものは考えを改めた。

一番小さいはずの背中が、誰よりも大きく見えたのは、きっと見間違いではないはずだ。




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