無題
(ああ・・・面倒くさいな・・・。)
降旗は目の前にいるかわいらしい少女を見て肩をすくめた。
降旗には恋人がいる。恋人の名前は赤司征十郎。
降旗と赤司は、とても仲睦まじい恋人同士だ。
けれど、いくら仲のいい恋人同士でも、彼らは同性で、片や一般家庭、片や赤司家の御曹司である。
お互いの家族は2人の仲を認めているが、彼らの周囲がそれをよしとしない。
赤司と恋人になってからというもの、降旗には様々な圧力がかかっている。
人に呼び出されて「別れろ」と言われるのなんて、日常の一部と化してしまった。
(赤司は俺のなのに・・・。)
今日も、郵便受けに入っていた紙を破り捨て、日時を改めてもらえるように手紙を書く。
それが習慣となってしまい、もうなんの労も感じない。
降旗は存外、図太い人間なのだ。
降旗はケータイを取り出して、電話をかける。
相手は赤司だ。
「もしもし、赤司。」
『どうした、光樹。また何かあったのか?』
「いつも通りのことが。ごめんね、赤司。」
『君が気にすることじゃないよ。それより、怪我はしてないね?』
「大丈夫だよ。赤司は元気?」
『変わりないよ。』
「いつもごめんね?疲れてない?何なら俺一人で対処するよ?」
『それはだめだよ。光樹に会う機会はただでさえ少ないんだ。みすみす光樹にあうチャンスを逃してなるものか。』
「赤司・・・。」
降旗が光悦としたため息をつく。
その表情はうっとりとしていて目にも熱がこもっている。
とても幸せそうな笑みだ。
「赤司と会えるの、楽しみにしてるよ。」
『僕もだよ。それじゃあね、光樹。』
「うん、ばいばい。」
これが昨日の話である。
「赤司さんは未来のある方です。あなたのような人は彼にふさわしくありません。
彼と別れてください。あなたのような人が赤司さんに付きまとって・・・。
迷惑を被っているのに気付いていないんですか?このままでは赤司さんがあまりにもかわいそうです。」
降旗はあまりの馬鹿馬鹿しさに空を仰ぎ見た。
先に告白してきたのは赤司のほうである。付きまとっているのは赤司のほうが正しい。
嫌ではない。むしろ、嬉しいことではあるけども。
目の前にいる少女は、どこだかの令嬢だろう。制服が、お嬢様学校として有名な高校の制服だ。
身分的には、彼女のほうが赤司にふさわしいだろう。それでも、赤司家にはおこがましい身分だある。
降旗よりはふさわしいというだけのことだ。
けれど、受け入れられたのは、降旗のほうだった。
彼女はねたんだいるのだ。
降旗が受け入れられ、自分が拒絶されるという事実を。
「そうですね・・・。」
降旗が肩をすくめる。
少女は目に見えて嬉しそうな顔をした。
降旗も笑みを浮かべている。
「だってさ、赤司。別れてくれる?」
「光樹!!!」
赤司は少女を追い越し、降旗を抱きしめた。
痛いくらいの抱擁に、降旗も赤司の背に手を回す。
少女は眼を見開いて青ざめていた。それを降旗は愉快そうに見つめる。
「光樹・・・。」
「ん?んんっ!?」
赤司が降旗の唇をふさぐ。驚いて押し返そうとするが、力は赤司のほうが上だ。
唇をなめられ、肩が大げさにはねた。
ようやく唇が離され、赤司を見れば、彼は眉を寄せていた。
まるですねたような表情である。
「赤司・・・?」
「君があの子ばかりを見るから・・・。」
「もう・・・。」
降旗の顔は耳まで赤くなっている。赤司はそんな降旗の頬を愛しげになでた。
少女は「嘘だ、嘘だ」とうわごとのように呟いている。まるで壊れたレコードだ。
「泊ってくだろ?」
「もちろん。」
どちらからともなく手をつなぎ、2人は少女の存在など始めからなかったかのように歩き出した。
ふと、降旗が思い出したかのように振り返る。振り返った降旗の笑みは妖艶なものだった。
形のいい唇が、こう形どった。
”ざまぁみろ”