降旗光樹はただ者じゃないと信じてる






初夏の休日のことである。
帝光中バスケ部は、もうすぐ行われる夏の大会のために
レギュラーの調整ということで、3週連続で練習試合を組んだ。
そのため、帝光の絶対理念の下、いつもより熱の入った練習が行われている。

空色の髪の少年ー黒子テツヤは休憩中、壁にもたれていた。
体力に自信のない彼には、強豪である帝光の練習についていくので精いっぱいだ。
それも、一軍レギュラーの練習メニューともなれば、なおさら。

この後も練習がある。
ただでさえきつい練習に加え、初夏の体育館のむせ返るような熱気。
暑苦しいまでの暑さに、思わず息が漏れた。


「ちょっといいかな?」


唐突にかけられた声に、大げさに肩が跳ねる。
驚いた勢いのまま振り返ると、そこには亜麻色の髪の少年がいた。


「急に声かけてごめん。俺、2年の降旗。」

「あ、いえ・・・。僕は2年の黒子です。」


よろしく、と言って降旗が笑う。
釣られて黒子も笑えば、降旗の笑みはますます溶けた。


「休憩中?に悪いんだけど、ちょっと人を呼んでほしいんだ。」

「いいですよ、一軍の人ですか?」

「え?一軍とかってあるの?」

「はい、三軍まで。」

「え、ええ・・・?あいつ、何軍だろ?試合出てたし、一軍?」


困ったように首をかしげる。
ハの字に下がった眉に、黒子は微笑ましいというような笑みを浮かべる。
実際、彼は微笑ましい。人懐っこい笑みを浮かべる。
コロコロと変わる表情にも好感を感じる。


「大丈夫ですよ。」

「あ、そうなんだ。」


よかった、と降旗は笑う。
微笑ましいのは、年相応に笑うからだろう。


「えっと、赤司ってやつを呼んでほしいんだけど・・・。」

「え。」


黒子が目を見開いた。
2人の会話が聞こえていたであろう周囲の人間も、口をあんぐりと開けたまま呆然としていた。
間抜け面が並び、ひどく滑稽だ。
その滑稽さが、降旗にとっては混乱しか招かなかった。
集まった視線が痛い。
自分は何か、地雷を踏んでしまったのだろうか。

キュ、と床にすれるバッシュの音が響く。
反射的にそちらを見れば、燃えるような赤が目に付いた。


「征。」


探し人の赤司征十郎である。
彼は降旗の姿を目に移し、愛しげに微笑んだ。


「早かったね、光樹。」

「お前が陸上部終わったらバスケ部に来いって言ったんだろ?
 何の用か教えてくれなかったから急いできたんだよ。」

「そうか。実は光樹に頼みがあってね。」


頼み?と降旗は首をかしげた。
赤司がもう一度微笑んでうなずく。
その光景に、黒子を含むバスケ部員は思わず目を疑った。
あの赤司が優しい笑みを浮かべている。
それに加え、相手の名を呼び、親しげに話すさまはどこにでもいる普通の中学生で、
普段の「赤司征十郎」の像に大きなずれが生じた。
1年で強豪校のバスケ部を率いる彼が、どこにでもいる平凡な少年にする頼み事とは、一体何だろう?
知らず、辺りは静まり返る。


「光樹に次の練習試合の助っ人を頼みたいんだ。」


辺りの空気が、凍った気がした。


「俺!?何で!三軍まであるような部活なのに!!」

「次の対戦校はちょっと厄介でね。練習試合、公式試合問わず負傷者が出てるんだ。」

「・・・だからって、なんで俺?
 部外者の俺がいきなり試合に出るなんて、バスケ部の人たちはいい顔しないだろ。」


困ったような、むくれたような表情に赤司は肩をすくめる。


「公式戦まで間がなくてな。しかも、次の練習試合はレギュラーの調整だ。
 一軍だから反射神経は総じていいが、すべてをよけきれるのは不可能だろう。」


優しい口調ではあるけれど、真剣味を帯びた声。
降旗は押し黙るように口をつぐんだ。彼の瞳も、真剣そのものだ。


「頼りは光樹だけなんだ。」


赤司の声が、静かな体育館に反響する。
しばし、沈黙が落ちる。
眉を寄せ、固く引き結ばれていた降旗の口が開いた。


「俺、初心者なんだけど。」

「ああ、その点は大丈夫だよ。俺を抜けるんだから。」


そう言われても、と眉をハの字に下げる降旗に、赤司は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
おや、と不思議に思ったの瞬間には、彼は後ろを振り返っていた。
赤司の視線の先には、背筋の伸びた少年らがいた。
ここは否定すべきだったのだ。けれど、もう遅い。


「異論は?」

『ありません!!!』


何なのこの集団。
降旗の目はしらけていた。
覚めた視界の中で、赤が燃えている。


(征の奴、一体何やらかした!!!)




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