大切なもの
「ああ、ああ……! 嫌だ、嫌だ、兄者……!」
黒を基調とした洋装に、淡い緑の髪。携える刀は太刀。
強気に見せるはずの釣り目が、この時ばかりは涙で弱弱しく潤んでいた。
自分が、こんな顔をさせてしまった。
涙を拭ってやりたいと思うのに、体は思うように動かない。
(ああ、とうとうお前も、この本丸に来てしまったのか……)
来てほしくなかったというのが、正直な感想だ。誰だって、苦しむ兄弟の顔なんて見たくない。
けれど、最期に一目会えてよかったと、喜ぶ自分がいるのもまた事実。
(でも、どうせ見るなら、笑顔が良かったな……)
どうか泣かないで、僕の弟。
「穢れが払えない……! どうしたらいい、兄者……!」
穢れを自分に移し、それでも払えない穢れに泣きじゃくる弟。
ああ、そんなことをしては駄目だ。今度はお前がおぞましい化け物になってしまう。
やめさせたいのに、体が崩れていく。
(もう限界か……。もう源氏の世じゃないからね……。僕がこうなるのも当然かな……)
ああ、でも、今でなくてもよかっただろうに。自分を慕う弟の前でなくとも。
「あああああああ! 兄者ああああああああああああああああああああ!!!」
―――必ず、会いに行くから、
その時は必ず、涙を拭ってあげるから、
だから、どうか、
「笑って、膝丸」