【もしかして】訳あり本丸に研修に行く【ブラック?】3






 その悲痛な声が聞こえたのは、暖かな日差しの差す午後のこと。
 昼食を終え、昼の休憩に入り、各々が好きに過ごす平和な一時。私―――見習いも穏やかな気持ちで端末に向かっていたときだった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 それは突然の出来事。何の前触れもなく訪れた非日常だった。
 それはこの世の終わりを見たとでも言うような悲しい悲鳴だった。
 あまりに唐突で、あまりに非現実な声で、私は何が起こったのかを全く理解できずにいた。
 そんな私に現実を理解しろとでも言うように、再度悲鳴じみた叫びがあがる。


「乱! 乱えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 身を裂かれた様な、聞いているこちらまで痛みを負う様な、そんな声。縋る様にこの本丸にはいないはずの弟の名を叫ぶ声の主は、見た目にそぐわぬ豪胆さを持つ刀剣男士―――薬研藤四郎。
 平和な本丸ではまず聞くことのない相手の、どこまでも痛々しい悲鳴だった。それこそ、ブラック本丸でもない限り。


「薬研さん!」


 思わずしてしまった最悪の想像に、私は弾かれたように外に出る。人様の本丸で障子を乱暴に開け放つ無作法にも、構っていられなかった。
 声が聞こえたのは鍛刀部屋や手入れ部屋のある離れだ。他にも足音が聞こえることから、刀剣男士のみんなもそちらを目指しているのだろう。
 その中に、ちゃんと椿さんもいるだろうかと、不穏な考えがすぎる。ちゃんと、刀剣男士の心配をしているだろうか、と。


(ううん、今はそんなこと考えている場合じゃない)


 今最優先すべきは薬研さんだ。
 遠ざかる足音を追うべく、私も走り出そうとして、肩を掴まれた。驚いて振り向くと、そこには薬研さんの兄弟刀、一期一振さんがいた。


「一期さん……」


 一期さんは眉を寄せ、険しい顔をしていた。
 当然だ。弟が尋常でない悲鳴をあげているのだから。


「見習い殿はここで待っていてください」
「でも……っ!」
「薬研のことを心配してくださる気持ちは嬉しく思います。しかし、ここで見習い殿が駆けつけるのは弟のためにはなりません」


 ―――弟のためにお願いします。
 そう言って頭を下げて、一期さんは走り去った。
 一期さんが走り去った後、彼を追うことだってできたはずなのに、私は動くことが出来なかった。
 彼に止められたからではない。行っても、何も出来ないと分かっていたからだ。
 けれど、それでも、情けなさに震える拳を止めることは出来なかった。


「この本丸は一体どんな本丸なの……っ!」


 温かい場所なのに、落ちる不穏の影はいったい何なのか。
 椿さんの正体が掴めないことが不安で、何も出来ない自分が悔しくて、私の頬に涙が伝った。




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