あなたのためのぼく






『君を欲す』



 大典太光世という刀が新しく実装された。天下五剣に名を連ねる刀で、深く反り込んだ堂々とした太刀だ。
 しかし、その華々しい勲章や見た目とは違い、その性格は極めて卑屈なものだった。
 第一声が「俺を封印しなくていいのか?」だったのだから、根は深いのだろう。
 彼は蔵に厳重に保管されている刀であるらしい。病魔払い説の在る癒しの刀であるから、それを信じられて祀られているのかもしれない。 彼についてはまだ詳しくは知れていないから、どうして封印されていると思いいたったのか分からないけれど。
 ただ分かるのは、彼があまり外に出る機会のあった刀ではないということだ。


(何てもったいない)


 彼の姿を見て、その話しを聞いて、私は嘆いた。それはもう深く。
 製作から700年の時を経てなお罪人の遺体を二つも両断するその切れ味! 大胆な反りの美しい刀身! 何故それを! かの人々は戦場で振るわなかったのか!
 刀は斬ってこそ、戦場で振るわれてこそ、その真価を発揮する。飾られているだけでは現れない新の美しさが、人の手の中で花開くのだ。何故それに、当時の人々は気付かなかったのか!
 何て、何て、何て! 何て愚かな! こんなにも素晴らしい刀剣を、飾って愛でて、それで満足してしまうなんて! 私には理解できない、唾棄すべき愚の骨頂だ!


「だが安心するといい。私は君のような素晴らしい太刀を、蔵の中で眠らせておくだなんて愚かな真似はしない。刀は戦場で振るわれてこそ輝く。君も戦場に連れていく」


 戦場で舞う大典太光世の軌跡は形容できない美しさだろう。きっと斬り伏せた敵の血しぶきさえも美しく魅せてしまうことだろう。
 だってただそこに在るだけで目が離せない様な存在感を放つのだ。戦場にて息づく太刀は、きっと魂すらも揺さぶってくるに違いない。


「だ、だが俺は、封印されていて尚、生き物の命を奪ってしまう刀だ。あんたの命だって、奪ってしまうかもしれない。そんな俺は、封印されて然るべきだろう?」
「そんなことどうだっていい」


 そもそも刀とは斬るための存在だ。使い手を守るために。使い手の守りたいものを守るために。
 刀はそう在るべきとして生まれてきたものだ。それが在るべき姿なのだ。ときとして命を奪うことも求められるのが、刀という物の定めなのだ。人がそう在れと作ったものなのだ。そんなことで封印などしない。
 そして私の命を奪いかねないという心配をしているならば、それは杞憂だ。使い手である私に、刃が向くことはない。もしその切っ先がこちらを向くとすれば、それは私が振り方を間違えたときだろう。
 だから、そんなことどうだっていいのだ。
 それでもなお封印されておくことを望むなら。


「そこに君の意志はいらない」


 矛盾しているのは自分でも分かっている。彼らには意思があり、心が在る。それをよしとしているのに、それをいらないだなんて。
 けれど私は彼が欲しいのだ。蔵になんて返したくない。大典太光世がほしいのだ! 彼を手に入れるためならば、なんだってしよう!
 太刀に向かって手を差し出す。寄越せ、というように指を動かす。その仕草に、彼が震えた。
 震えるのも当然かもしれない。刀剣男士にとって、刀はすべてだ。彼らの体であり、心であり、魂である。
 私はそれがほしい。彼の全てがほしい。彼を、私の刀としたいのだ。


「し、かし、俺は……っ」


 渋るように、逃げるように後ずさる。ずりずりと畳に擦れながら、私から離れようとするのだ。
 その瞬間、カッと頭に血が上ったのは仕方がない。だって彼が、私より蔵に封じられることを選んだように見えたのだ。
 逃がさない。許さない。そんな激情のまま、気付いた時には、私は彼の胸ぐらをつかみ上げていた。


「私が欲しているんだ! 君の主である私が! 使い手たるこの私が! 君がすべてを差し出すのに、これ以上の理由がいるか!?」


 だって彼は私が降ろした刀剣男士だ。私の霊力で顕現された、私の刀だ。
 私は彼に再三言いきかせて来たはずだ。独占欲が強いと。手放す気はないと。
 私の刀となった時、彼はそれを了解し、了承したはずだ。彼の意志で、私を選んだのだ。だったら、私が彼を手放す必要なんてないはずだ。


「君は私のものだ。私の刀だ。蔵になんて返さない。私のもとで果てろ、大典太光世」
「わ、かった……」


 恐る恐る刀を差し出す彼に、私の口元がほころぶのが分かった。
 手の中に納まった太刀。酷く重いそれは彼のすべて。それをこの手に納めることを許されたこの幸福は、言葉にできるものではない。
 ああ、大典太光世! 私の刀よ! 君を私のものにできたこの幸せを、私は生涯忘れはしない!


「ありがとう、大典太。私の刀よ。最期の時まで、離しはしないから、」


 ―――覚悟しておけ。
 ぎゅう、と強く腕の中に抱きしめると、彼は震えながら畳に突っ伏した。





光忠「あ、大典太君が落ちた」
廣光「落ちるだろ、あんなこと言われたら」
小夜「姐様は自分の言葉の強烈さを全く分かっていないんだから」
宗三「あの”寄越せ”って仕草やばいですね」
長谷部「俺は”私のもとで果てろ”がやばい」
一期「私は”私が欲しているんだ”の下りがキました」
「「「わかる」」」
薬研「とりあえず、そろそろ大典太の旦那を助けてやらないとまずいな。顔から火が出そうなほど真っ赤だぜ?」
五虎退「僕、誉桜が消えていくのが間に合わずに降り積もるなんて言う現象、初めて見ました」
国永「姐さんまで桜まみれになってるぞ」
今剣「それだけうれしかったのでしょう。あねさまはぼくらのほっすることばをくださりますから」
お供「姐様は言葉を惜しまない方ですからねぇ」
鳴狐「惜しまな過ぎる気もするけどね」
国広「とりあえず姐さんが本体に見とれているうちに回収に向かうぞ。今のあいつに続けざまにくる賛辞は酷だろう」
厚「しゃあねぇ、行くか」




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