【ゲートの】ブラック本丸に迷い込んでしまったんだが【故障?】 4






 本日、長らく閉ざされていた本丸の門が二度、開かれることとなった。一度目は門の不備でこの本丸に迷い込んでしまって少女とその刀剣によって。二度目は少女を助けんとする役人たちの手によって。
 開かれた門からなだれ込んできた人間たちはまず本丸のあり様に目を剥き、俺――ブラック本丸の加州清光を見て、顔を強張らせた。
 別にそれが嫌だとか不快だとか、文句があるわけじゃない。それがあるべき反応だ。それが刀剣男士の様な力ある存在ならばいざ知らず、非力な人間ならば、そうあってしかるべきだろう。ブラック本丸の刀剣を三振りも懐柔し、そのうえで「出会えてよかった」などとのたまうこの少女こそが可笑しいのだ。むしろ俺は正常だと再確認させてもらったわけだから、感謝すらしている。


(やっぱあんた、変だよ)


 平然と俺――ブラック本丸の刀剣男士の隣に並び立つ少女審神者に呆れた様な眼差しを送る。それに対して審神者は向けられた視線に怯えもせず、まるで子供が「なぁに?」と尋ねるように首をかしげるものだから、思わずため息をつく。審神者の刀剣である小夜左文字がこっそりと苦笑するものだから、更に深い嘆息をつくこととなる。
 こう言う人間は俺なんかよりもずっとずっと恐ろしい存在なのかもしれない。
 死がその身を掠っても折れることのない鋼の心。俺たちが人を愛していると信じて疑わない純粋さ。一歩間違えれば殺される場面での大胆な行動力。選択を間違えなかった幸運。そして何より、その言葉を信じたいと思わせる魂の輝き。それに俺は圧倒された。
 この審神者は「主となる器」を持って生まれた人間なのだと思う。大衆を惹きつけるような、万人受けするようなものではないかもしれない。けれどある種の存在の心に、確かな爪痕を残す、そんな人間だ。
 敵は多いだろう。嫌われることもあるだろう。けれど味方は強固だ。命に代えても彼女を守り、最期のときまで共に在ろうとするだろう。彼女はそういった類の主の器だ。命を掛けてでも守りたいような魅力が、彼女にはある。


「加州清光」


 審神者が、俺の名を呼ぶ。しっかりと俺を見て、その目に俺だけを映している。
 こうして人間の目に俺という存在が映ったのは、いつぶりだろう。今まで出会った人間は、俺を俺としてその目に映すことはなく、ブラック本丸の刀剣として見てきた。その目には憐みとか怒りとか怯えとか、そう言ったものばかりが映っていて、俺が映ったためしはない。だからこうして、ブラック産だとか、かわいそうな刀剣だとか、そう言った余計な物なしに俺を俺として、一振りの刀剣としてその目に映されるのは初めてのことだった。
 それはきっと稀有なことだ。ブラック本丸の刀剣となった俺には、この先もう二度とないかもしれないほどに。だから、曇りない人の目に映る俺を忘れないように、俺もまっすぐに審神者の目を見つめた。


「ありがとう。君のおかげで、私は帰るべきところに帰れる」


 本当にありがとう、と審神者は笑う。
 何て純粋なんだろう。どこまでもまっすぐに、本当にありがたいことなのだと、尊いことなのだと、心からそう思って感謝を述べている。ちょっと道案内して、鍵の在りかを教えただけなのに。どうってことない、取るに足らないくらいの、小さな親切。なのにそれを、どうしてそんなに嬉しそうに、大切に受け取るのだろう。
 人の上に立つ存在であるなら、もっと高慢でも良いだろうに。人を使うことを当たり前だというように、何でもない顔をしてただ命じればいいだけであろうに。
 きっと彼女は人の上に立つ主ではなく、前に、そして隣に立つ人間なのだ。
 ときには守り、ときには支え、時にはともに笑い合う、そんな主。小さな小さな、本当に小さな国の王。けれど、確かな信頼を持って慕われる王だ。


「別に、さっさと帰しちゃった方がうるさくされないで済むと思っただけだし」
「ああ、確かに。随分と走りまわってしまったものな。騒がしくしてすまない」
「別にいいけど。今からの方が騒がしくなるだろうし」


 そう言って息を吐き出しながら役人達を見れば、彼らは皆一様に大げさに肩を揺らした。不快ではないけれど、煩わしい。
 きっとこれから、俺の周りは騒がしくなる。
 ブラック本丸は、大抵が新しい審神者を送られ、再建を図り、再利用される。
 それは失敗に終わることが多いが、それが暗黙に了解と化している。審神者はそれに納得していないが、政府にとっては審神者も刀剣男士も戦争のための道具でしかないから、使える物は何でも使いたいのだ。
 最近ではそれが表ざたになることが多いから、考えを改めたものもいるようだが、完全になくなったわけではない。現に、この本丸にも何度か新しい審神者候補だという審神者がやってきた。全てすげなく追い返したけれど。
 改められた考えでは、主にこんのすけを通して役人と刀剣が話し合い、刀剣の意志にできる限り沿うのだそうだ。ただ、レア度や錬度が高かったりする場合であると自害や刀解の希望が渋られる。場合によってはそれをさせないよう術を発動させる場合もあるというのだから、本当に改善されたのかは甚だ疑問であるが。
 まぁ、選択肢が与えられただけましなのだろう。新しい審神者のもとへ行くことを希望すれば喜んで主をあてがわれるし、刀解の希望も、すべて却下されるわけではないのだから。


(でも、この場合はどうなるんだろう?)


 俺はふと首をかしげた。
 政府があてがったわけでもなく迷い込んでしまった審神者。顕現が解けてしまった刀剣達。俺だって、長くても一週間後には霊力が切れる。
 おそらくは政府により一時的に保護される形となるのだろう。そこで今後の身の振り方を聞かれることとなるだろう。
 そのうちに顕現が解けてしまえば、役人たちに自由にさせてしまうことになったりはしないだろうか。それとも、誰とも知れない人間に霊力を注がれて、また人の身を取り戻すことになるのだろうか。
 俺たちだけでなく、この本丸も、どうなってしまうのだろう。たくさんの仲間が眠る、この本丸は。


「私たちはどうしたらいいのでしょう?」
「えっ? あ、ええと、ゲートの不備でこの本丸に来てしまったということなので、ゲートが復旧するまでは政府で保護させていただきます」
「彼らは?」
「刀剣男士様方も同様に政府で保護するという形を取らせていただきます」
「この本丸は?」
「この本丸はブラック本丸跡地として浄化専門の審神者に任せ、穢れを払ってもらう形となります」
「彼らがもし、ここの本丸に戻ることとなったら、その後になるということですか?」
「基本的に同じ本丸に戻ることはありません。穢れを再発させてしまう可能性がありますので。希望されれば、可能ではありますが、難しいでしょう」
「そうですか、ありがとうございます」


 審神者は軽く頭を下げてから、本丸を見上げた。釣られて、俺も上を見上げる。本丸は黒ずんでいて、元の美しさを想いだそうにも思い出せないほどだ。
 これを綺麗にできるというのだから、浄化専門の審神者とやらは凄い人間なのだと思う。凄まじいと表現するべきかもしれない。


「では、その前にやることがあるな。小夜、手伝ってくれ」
「うん」
「えっ? ちょっと、姐様?」


 すたすたと、再度本丸へと向かって歩く審神者。小夜はそれを疑問に思うでもなくつき従い、こんのすけが困惑しつつも後を追う。
 役人は間抜け面を晒している。きっと俺も同じような呆け顔をしていることだろう。


「ちょっと、どうしたの?」


 疑問の声を投げかけると、審神者が立ち止まり、俺を振り返った。


「君たちの仲間を連れてくるんだ」
「……は?」
「裏庭に、たくさん在るだろう。君たちの仲間が」


 彼女の言葉に、俺は息をとめた。


「君たちは生きるのだろう? 新しい審神者のもとで戦っていくつもりなのだろう? 出会えてよかったと思える人間に出会えるまで」


 止めていた息を吐きだそうとして、失敗した。
 喉で変な音が鳴った気がしたけれど、気にしている余裕なんてなかった。


「裏庭の刀達は君たちの仲間だろう? 花を供えて大切に扱ってきた、大事な存在だろう? それを、もう戻れないかもしれない場所に捨て置くつもりはないはずだ」
「そう、だけど……」


 やっと出た言葉はこれだけだった。もっといろいろといいたことはあったけれど、口が渇いて言葉が出ない。そして、湧きあがる感情を形にできるほど、俺は言葉を知らなかった。そもそも、この時の感情を表す言葉なんてこの世に存在しないのかもしれない。
 俺の言葉少なな肯定に、審神者はにっこりと笑った。


「だったら、連れて行かないとな」


 この審神者は敬われるのではなく、慕われる主の器だ。大きな国の王の器ではない。本丸一つ分くらいの、小さな小さな国の主。そう思った所以は、こういうところに在るのだと思う。
 どうしようもない奴だと。愚か者だと罵りたくなるのに、嫌いになれない。嫌いになりたくない。ある種の存在の心を的確にわし掴む、そんな人間。それがこの審神者だ。


(やっぱり俺も、人が大好きだった)


 審神者の言葉にこたえるために、俺は強く頷いた。
 最近笑っていなかったけれど、なかなか可愛く笑えていたんじゃないかな。進みたい道が決まった俺はきっと、晴れ晴れとした顔をしているだろうから。




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