【ゲートの】ブラック本丸に迷い込んでしまったんだが【故障?】 2






 真白の美丈夫―――鶴丸国永は、酷く落ち着かない心持でいた。
 理由は分からない。ただひたすらに逸る気持ちが抑えられないのだ。
 これはこの本丸を率いる椿が出かけてから感じているものだった。


(何でこんなに落ち着かないんだ……?)


 今日は非番である。休息をとりつつ、内番の手伝いでもしてまったり過ごそうと思っていたのだ。
 しかし、何故だか心が浮足立ち、とても集中して作業が行える状態ではないため、彼は自室にこもっていた。
 誰かに相談しようかとも思ったが、特にこれといって問題が起こっているわけではないのだ。わざわざ不安をあおるようなことはしない方が得策だろう。


(そもそも、落ち着かないのは俺の勝手だしな)


 自分の勝手で仲間達を不安にさせるようなことはしたくない。椿の献身のおかげで、ようやく在るべき姿が見えてきたのだ。それを壊すような真似だけは、絶対にしたくない。


(早く帰ってきてくれ、姐さん……)


 何事もないのだと、その姿を持ってして示してほしい。健全で、健康な状態で。いつもと変わらず在るのだと。


(そうすれば、俺の心も安らぐだろう)


 出かけてから、そう時間はたっていないだろう。見習いの身であった時分に世話になった審神者のもとに行くのだ。積もる話もあるだろう。そんなに早くは帰ってこないだろうことは予想が出来る。
 けれど、傍にいたいのだ。自分は彼女のためだけの、たった一人のための刀剣であるのだから。彼女のそばに居れずして、この身は何のために在る。


(落ち着かないのは、姐さんと離れているからかもしれないな)


 国永が苦笑した。その事実にではなく、そうであったなら嬉しいと思った自分に、である。


(まぁ、帰ってくるまでの辛抱だ。何か暇つぶしでもしていよう)


 そう言えば、と国永は文机に向かう。文机の上には、端末が無造作に置かれていた。椿から支給されたものである。


(これでいろいろな情報が調べられるんだよな)


 基本的な使い方は教わっている。あまり使ったことはなかったが、だからこそ目新しさからいい暇つぶしになるだろうと考えたのだ。
 椿から教わった通りに端末を展開させる。何を調べようかと首をかしげて、またもそう言えば、と思い立った。


(すれっどとやらを見てみるか。姐さんも何度か使ったことがあると言っていたし)


 審神者専用のさにわちゃんねる。刀剣専用のとうけんちゃんねる。人と刀の垣根を越えて使用できる混合ちゃんねる。
 さて、どれから行こう。上から順に見ていこうか、と目を滑らせる。


(あ……)


 上から3番目。混合ちゃんねるに立てられたスレに目が吸い寄せられる。ブラック本丸の文字。どろりとした何かが、胸に湧く。


(ああ……嫌だな……)


 どろりと重たい空。肺に入れるたびに息苦しくなる空気。生きる気力を奪うような穢れ。そのすべてが、今でも鮮明に思い出される。
 あれは正しく、地獄だった。あんな場所が、この世にいくつも存在する。その事実だけで、国永は身震いした。


(見なかったことにしよう……)


 画面をスクロールしようとして、指がスレッドのタイトルをタップする。開かれてしまったスレッドに、国永はぎょっとした。


「ああ、くそ。この端末とやら、扱いが難しいな……」


 悪態をつきつつ、元の画面に戻ろうと悪戦苦闘する。ようやく元の画面に戻る操作法を発見し、喜んだのもつかの間、国永は手を止めた。
 ―――今、見覚えのある文字が見えなかったか。
 見間違いであってくれと願いながら、震える指で画面をスクロールする。
 そして、目を見開いた。
 ―――見間違いなんかでは、無かった。


「ねえ、さん……?」


 国永は、ただ茫然と「姐さん」の文字を見おろした。





―――刀の映えるあの人は何処




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