【ゲートの】ブラック本丸に迷い込んでしまったんだが【故障?】 1
「あ~……。つまんねぇな……」
姐さんこと椿の本丸にて、厚藤四郎は畳にごろりと転がってため息をついた。――つまらない、と再度心の中で呟いて。
厚は椿の本丸に、最近顕現したばかりの新入りである。まだ人の身に慣れず、任せられる仕事はそう多くない。早々に仕事が終わってしまい、厚は暇を持て余していた。
その肉体年齢に引っ張られ、好奇心は旺盛な方であるし、まだ本丸の細部まで把握してはいないので、散策するのもいいだろう。けれどそれも、相手がいなければすぐに飽きてしまいそうだ。誰かに案内してもらおうにも、兄弟たちは仕事が残っているし、非番の刀剣達も自由に過ごしたいだろう。
(姐御がいれば、暇だなんて思わないのにな)
ごろりと寝返りを打って、厚はまた溜息をついた。
この本丸の刀剣は、総じて主たる椿をたいそう気に入っている。厚もその一人で、傍に在れるだけで嬉しい気持ちになるくらいには、椿が大好きだった。
兄弟や仲間たちとする仕事は大変だが楽しい。
けれど椿の労いの一言があるのとないのとでは、やる気や意気込みも段違いだ。
しかし当の椿は現在外出中である。昨日の近侍の長谷部によれば、椿は審神者見習い時に世話になった先輩審神者の本丸に出かけているらしい。帰ってくるのはもっと後のことだろう。
「早く帰ってこねぇかなぁ……」
傍に置いた自分の本体を突つきながら、障子の隙間からのぞく空を見上げる。そこに椿の姿があったらいいのになぁ、と詮無いことを考えながら。
(俺も早く振るってもらいてぇなぁ……)
椿は刀剣とのふれあいを大切にする審神者である。特に本体に触れることに積極的で、刀剣を帯刀したり、素振りに使用する。短刀だったら、懐に入れて懐刀の様に扱う。元は人に作られた道具である刀剣男士達はその扱いをひどく気に入っていた。
しかしその扱いを受けるのは近侍として傍にいることを求められる刀と、一定数以上の誉れを取った刀への褒美である。厚は顕現仕立てであるから、近侍に選ばれたことはなく、また、誉を取れるほど錬度も上がってはいない。だから、椿に振るわれたことがないのである。
しかし、その姿を見たことならある。
ピンと伸びた背筋。洗練された構え。流麗な動作。そのすべてが厚を惹きつけてやまなかった。
―――この人に振るわれたい。刀としての本能が、それを願い、渇望した。
そしてその人となりに触れて、この人の刀でありたいと、それを強く望んだ。
(でも、一回でも振るわれたら、もう戻れないだろうな)
振るわれる前から、彼女の刀剣として一生を終えたいと思っているのだから、その魂に触れてしまったら、後は落ちていくだけだろう。どこまでもどこまでも。深みに嵌まったかのように。
それでいい、と心から思っている。むしろ、そうなりたいとも。
既に随分と毒されているなぁと苦笑するも、その苦笑は幸せを噛み締めているように温かい。
「あ゛ああ~~~。姐御~~~」
早く帰ってこねぇかなぁ。
唸るように呟いて、厚はうなだれた。
「厚くん?」
ふ、と頭上に落ちる影に、厚はうなだれた頭を持ち上げる。
そこには右目に眼帯をした美丈夫、燭台切光忠がいた。
本日の非番である光忠はジャージ姿で、何故かその手に重箱を持っていた。
彼は唸る厚を心配してか、眉を下げ、首をかしげていた。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「そう言う訳じゃないんだけど……。早く帰ってこねぇかなぁって」
誰、とは指していないが、光忠は納得したように頷いた。
「姐さんがいないと、何かが違うよね」
「そうなんだよなぁ……。何してても何か物足りないって言うか……」
体を起こし、むむむ、と眉を寄せる厚に光忠が笑った。
「僕らの世界は、姐さんありきで回っているからね」
ふふふ、とそれは嬉しそうに。
ああ、この刀も、姐御に心底惚れ込んでいるのだな、と何だか面映い気持ちになる。自分も同じであるから、余計に。
照れを隠して、厚は光忠の持っている重箱を示した。
「それなんだ? 弁当でも作ったのか? 今日、非番だろ?」
「ああ、これ? これはおはぎだよ。姐さんに食べてもらおうと思って」
皆の分もちゃんとあるよ、と言われ、厚の目が輝く。光忠の作る料理はとてもおいしいのだ。思わず笑顔になるくらいに。
「疲労には甘いものがいいんだって。姐さん、疲れて帰ってくるだろうからね」
「え? 今日、仕事で他の審神者のとこに行ってるのか?」
初耳だ、と厚が目を丸くする。それに対し、光忠はゆっくりと首を振った。
「詳細は伏せられてるから分からないけど、姐さんの行動原理って、基本僕らのことだから」
だから多分、今日もそうなんだと思うよ。
そう言って微笑んだ光忠に、厚は眼を見張る。その笑みは、驚くほど椿と似ていた。大事にしたいのだと、そのすべてが語りかけてくるような、そんな笑み。
―――自分もいつか、こんな顔をするようになるのだろうか。
(きっと、そうなるんだろうな)
大事にしてくれる人を大事にしたいと思うのは当たり前で、愛してくれる人に愛を返したいと思うのは、きっと自然なことなのだ。夜を迎えて、朝が訪れるように。蕾がいつか花開くように。
(ああ、何だか、姐御の顔が無性に見たい)
そう思ったら、居ても立っても居られない。
厚が身軽な動作で立ち上がり、光忠を見上げた。
「なっ、光忠! 姐御を迎えに行こうぜ!」
「え?」
「先輩審神者にも会ってみたいしさ!」
「ええ? でもいいのかな。先輩審神者に迷惑かけたら姐さんの面子が……」
「手土産持って行ったら邪険にはされないって!」
姐御に会いたいのは一緒だろ?
確信めいた厚の言葉に、光忠が苦笑する。
大切にしてくれる主に会いたくない刀剣などいない。椿の話をしていただけで、どうしようもなくその顔を見たいと思ったのは光忠も一緒だった。
「じゃあ、着替えて門の前に集合ね。僕はおはぎの用意があるから、厚くんは僕らが出かけることを皆に伝えておいて」
「了解!」
厚が持てる能力を生かして本丸を駆け抜けていく様を笑顔で見送った。
それから数十分ほどして、二人は門の前で落ち合った。きっちりと戦装束を着こなし、手には土産のおはぎの入った重箱。準備は万端だ。
「早く行こうぜ!」
「そうだね」
門の開閉には基本的に審神者の許可が必要となってくる。
しかし椿は束縛を嫌い、刀剣達の門の通行許可は、常に下りた状態になっている。後は行き先を設定し、そこに繋がるのを待つだけである。
「これでよし、と」
行き先は先輩審神者こと都の本丸。都の本丸のIDを入力し、門の開閉を待つ。
しかし、門は動く気配を見せなかった。
「あれ……?」
「どうした?」
再度入力を試みるも、門は依然として開かない。どんどん顔色を悪くしていく光忠に、厚も不安を覚える。
「どうしたんだよ、光忠。何やってんだ?」
裾を引っ張り、意識をこちらに向けさせる。振りかえった光忠は、顔を真っ青にさせていた。
「門が、開かない」
「……え?」
柔らかい日差しを降り注いでいた太陽が、雲に隠れた。