鐘が鳴る






 担当さんはいつもの調子でやってきた。特にこれといった重要案件を抱えているようには見えない。が、大量の荷物を抱えて本丸にやってきた。


「どうしたんですか? 何かありました?」


 慌てて荷物を抱えるのを手伝いながら尋ねる。
 担当さんはありがとう、と言って笑い、すぐに顔を引き締めた。


「大事な話があるんだ。聞いてくれるかな?」


 いつものおっとりとした雰囲気が消え、その目に真剣な光が宿る。
 ああ、嫌な予感。
 けれど、こうして本丸にまで尋ねて話を持ちかけるということは、私にとっても重要な話なのだ。聞くしかあるまい。


「……はい。もちろんです」


 返事を返したその顔が引きつっていなかったかが心配だ。





「え? 担当から外れる?」


 担当さんと今剣とともに荷物を客間に運び(今剣には悪いが席をはずしてもらって)お茶を入れる。
 お茶を口に含み、一息ついたところで発せられた担当さんの言葉に、私は驚きの声を上げた。


「うん。私もそろそろ霊力が衰え始める年だからね」


 ―――霊力が衰える。その言葉を私は胸の内で反芻した。
 本丸は特殊な空間だ。霊力のある人間しか入れない。
 霊力にもさまざまな種類があり、審神者の才もそのうちの一つだ。
 そして霊力にも性質があり、子供のときのみ発現する人もいれば、年を重ねるごとに力を増す人もいる。担当さんは年を重ねるごとに衰えていく性質を持っていたという訳だ。
 担当さんは普通の企業であれば、そろそろ定年を迎えるくらいの年齢だ(私のいた時代の定年と、2200年代の定年は違うかもしれないが)。衰え始めるのも無理もない。


「それでね、世代交代というか、自分の担当している審神者さんを、他の役人に引き継ぐ作業をしているんだよ。この本丸はどういう運営の仕方を行っているのか、とか説明しておかないと審神者さんと衝突したり、お互い一から始めないといけなくなるからね」


 特にこの本丸のように特殊な事情を持つ本丸は。
 そう言って担当さんは苦笑する。
 その苦笑の意味は良く分かる。刀剣達のこともあるが、私自身、私は扱いにくい人間だろうと思っているから、それも含めて引き継ぎ作業は難航しているのだろう。
 (私はそうは思わないが)世間的に、ブラック本丸の刀剣と言えば危険な存在で、扱いずらいものとされている。その上、その本丸の審神者が私の様な面倒な人間(政府の命令に従わなかったりする)であれば難航もするというもの。
 私もつられて苦笑すると、担当さんが少しだけ顔を険しくさせた。


「今度から君の担当になる奴は、私の後輩という訳でも直属の部下でもない。だからあまり詳しくないが、厳しいと噂されている奴だ。こう言うことはあまりしてもらえないかもしれない」


 抱えてきた大量の荷物を私の方へ押し出す。中を見るように促され中身を確認し、ひゅっと喉から可笑しな音が聞こえた。
 それは大量の着物だった。祖父母の遺品だ。
 もう声も思い出せないけれど、それでも確かな愛情を私に与えてくれだけは覚えている。
 着物の扱いもこの人たちの立ち振る舞いを見て学んだ。二人のことを忘れまいと着物を着て過ごしたこともあった。それくらい大好きな人たち。父母と同じくらい、大好きな人たち。
 そんな人たちとの思い出の品を持ってきてくれたことは嬉しい。けれどこれっきりだと思うと、悲しみが上回った。これ以上あの人たちとの思い出が増えることがないのだと思うと、足もとが消え去ってしまったような感覚に落ち入った。
 祖父母の家で一人暮らしをすることになった時も、寂しさはあった。
 けれどすぐに慣れた。たくさんの思い出もあったし、自分にはまだ大切な人たちがいたから。
 けれど、これは駄目だ。生きているのに、本来会えるはずなのに、もう二度と会えないことを、再度突き付けられるのは。
 我慢ならなくて、懐の今剣を抱きしめようとして、やめた。


(彼らの縋っては、駄目だ)


 彼らは、私が家族にもう二度と会えないという事実を、知らないでいる。ここで抱きしめてしまっては、すべてが悟られてしまう。
 そのうえいまだ不安定な彼らに感情の渦をぶつけるのは、あまりにも酷だ。
 そっと、今剣を懐から取り出す。今剣を隣に置いて、膝の上で拳を握った。
 噛み締めた唇は、鉄のような味がした。


(何で、こんな)


 私が、自分で選んだことなのに。自分で、決めたことなのに。どうしてこんな風に思ってしまうのだろう。


(”会いたい”だなんて)


 彼らと出会えたことは、十九年という人生の中で、かけがえのない奇跡であった。審神者になったことにも、後悔はない。
 家族に会えないことも承知の上で、私はここに来た。
 私とのかかわりが知れれば、家族にも被害が及ぶ。それが嫌で、私はここに身一つで来たというのに。


(覚悟したはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう)


 自分が”覚悟”だと思っていたものが、間違っていたのだろうか。
 刀剣達や担当さんが優しかったから、甘えが出てしまっていたのかもしれない。


(何て未熟なんだろう)


 すぐに心乱されて、今剣にも心配をかけて。情けないったらありゃしない。


(私は、彼らにふさわしくないんじゃないだろうか?)


 心の成熟しきった審神者であったなら、彼らの心はもっと回復していたかもしれない。もっと心を開いていたかもしれない。


(だって彼らは、まだ私に、何かを隠してる)


 きっと私が、至らない主だからだ。
 涙を流す私に、担当さんがハンカチを渡してくれる。それを受け取って涙を拭くと、今度は私の髪を撫でてくれた。
 父とも母とも違う、分厚くてむくんだような手だった。


(父さんも母さんも、頭を撫でるのが好きだった)


 大学生にもなった娘の頭を、喜々として撫でる二人が目に浮かぶ。
 けれど二人には、もう二度と撫でてもらうことはできない。
 ここまでくると、もはや笑いが込み上げてきた。
 泣きながら笑うだなんて器用なまねができたのは、今日が初めてのことだった。




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