鐘が鳴る
ぴしり、と亀裂が走るような音がした、気がした。
嫌な音だ。小さくとも、心にわずかな爪痕を残す、不吉な音。
「あねさま?」
あねさま、と幼い声で呼ばれ、視線を下に向ける。
近侍の今剣だ。
短刀である彼は素振りなどで使われるよりも懐に入れられることを好み、帯刀の代わりに懐に忍ばせている。そのため感情をダイレクトに感じてしまうようで、感情の揺れをすぐさま察知する。唐突に不快感を表した私に、不安を覚えたらしい。今剣が赤い目を不安げに揺らしていた。
「ああ、すまない。驚かせたな。変な音が聞こえた気がしただけだよ」
「おと、ですか?」
「ああ」
ピシリと亀裂が走るような、不吉な音。何かが壊れるような、不穏な音だ。胸にくすぶり、不安をあおる、そんな音。
とても不快だ。
けれど、それをおくびに出さないように笑う。
「きっと気のせいさ」
そう言って懐の本体を撫でると、今剣がわずかに微笑んだ。
(ああ、これは……)
不安は拭えていない。けれどそれを隠して微笑んでいる。私が隠そうとしているから、気付かないふりをしてくれているのだ。こう言うところに幼いのは見た目だけなのだと実感する。
(まぁ、千年前に生まれた刀だしな)
自分の百倍近く生きているのだ。精神的には自分よりずっと大人だ。少し肉体に引きずられているようではあるが。
「しばらくは不快だろうから、返すよ」
「いえ、」
懐の刀を取り出そうとして制される。
「もっていてください。ぼくはまもりがたなです」
「……そうか」
安心させるように笑う。安心させなければならないのは私なのに、逆に安堵させられた。
言外に自分が守るから、と言ってくれた今剣に思わず笑う。
きっと大丈夫だろう、とどうしてだか思う。根拠なんてないのに。不確かなことなのに。
「ありがとう、今剣」
「どういたしまして!」
千年の格は、やはり違う。
「ん?」
書類仕事をこなしていると、ふいに端末が鳴り響く。確認してみれば担当さんからの通信だった。
(何だ……?)
自然と眉が寄る。今剣も訝しげな表情をしていた。
「なにかあったのでしょうか……?」
「さぁ……」
遠回しにせっつかれていた鍛刀も行った(せっつかれていたといってもそれは担当さんを無視したさらに上層からのものだったり、「まだそこまで癒えていないか?」と担当さんに聞かれる程度だが)。刀剣だってドロップした。戦績も変わっていない。
特質すべき点はないはずだ。
それなのに、何故?
(何か、あるのだろうか……)
また、ぴしりと亀裂が入ったような音がした。