鐘が鳴る
「ドロップって本当にするんですね」
昼食を終え、食後の茶を飲んでいた五虎退が、ぽつりと呟いた。彼はこの本丸初のドロップ刀剣である宗三左文字と厚藤四郎を興味深げに見つめていた。
そう言えば、五虎退はドロップ刀剣を見たのは初めてだったな、と俺―――へし切長谷部は内心で納得した。
五虎退は姐様に引き取られた十振りの中で一番あとに顕現された刀だ。
刀剣を折るために出陣させていた前任は、錬度も刀種もお構いなしに刀剣を送り出していた。自分の身を、あるいは仲間を守るのに必死で、新たな刀剣を拾ってくる余裕なんてなかっただろう。
運良く折れずにここまで生き残った出陣経験者である廣光、光忠、鳴狐の三振りが「出陣とはこんなに余裕を持って行えるものだっただろうか」と酷く遠い目をしていたくらいだ。この一言で察してもらえそうだが、前の本丸で刀剣をドロップすることなどほとんどなかった。五虎退がドロップを希少なもののように言うのも無理はない。
「確かにドロップ刀を見るのは久しぶりだな……」
そう呟いたのは山姥切国広だ。
国広は前任の初期刀で、一番長く本丸を見てきた。その分だけ傷つき、見送ってきた。
(顕現日数で言えば三番目くらいには長いが、審神者の仕事に追われ、新人とはあまりかかわりを持つことが出来なかった)
少しでも審神者の暴力から逃れられるようにと、積極的に新人の世話を焼いていたのは彼である。あの本丸での生き残り方を教え、少しでも長く、と。
それは無茶な進軍であまりかなわなかったが、一番多くの刀剣を見てきたのは彼だ。あの本丸に顕現されたすべての刀剣と出会っていると言っても過言ですらない国広でさえ久しぶりだというのだから、本当に久しぶりのことなのだろう。
俺自身がドロップ刀剣と出会ったのはいつだったか。考えてみたがはっきりしない。それくらいには過去のこと。それが当たり前だと思っていたのだから、俺の感覚は大分狂っているんだろう。
「これが、当たり前の、普通の本丸なんだろうな……」
俺の呟きに、二振りがその当たり前の光景を目に焼き付ける様に庭を見た。
庭には自分達三振り以外の刀剣と、姐様がそろっていた。
厚の周りには鳴狐と一期、薬研の粟田口派の刀剣達。鳴狐がひたすらに一期を含む甥っ子の頭を交互に撫でている。
一方宗三の方は、小夜と光忠に袈裟の裾を握られ、動くたびにちょこちょことついて回られている。
そんな三振りを国永は一歩引いたところで微笑ましげに見つめている。
宗三はひたすらに困惑しているが、何かを感じ取ってしまったようで、袈裟を握る片方が弟ということもあり、邪険には出来ないようだ。
中くらいの鶏に小と大のひよこがついて回っており、何ともおかしな光景となっている。
今剣は姐様にじゃれつきながら本丸の様子を楽しげに眺めている。
姐様の隣に立つ廣光は、今剣をたしなめつつもやはりどこか嬉しそうにしていた。
姐様は今剣の相手をしつつ、みんなに声をかけながら満足そうに笑っていた。
(ちなみに今日の近侍は廣光だ。刀剣が増えたことにより、刀帳順で仕事を回すのは取りやめた)
何とも平和な光景だ。
庭先で刀剣達は笑みを浮かべ、主たる人間との仲は良好。
刀剣達には傷一つなく、血にまみれていることも、突然暴力を振るわれることも刀解されることもない。
普通の本丸では当たり前の、けれども尊いこの景色。忘れぬようにと目に焼き付けて、壊されぬようにと決意を新たにする。
守らなければ。もう奪われぬように。
「さて、」
俺も混じるか、と立ち上がれば、五虎退と国広が目を丸くする。
「俺が小夜や光忠に交じりに行ったら、面白そうじゃないか?」
そう言って小夜達に目を向ける。
想像したのか、国広が笑った。
「ああ、面白そうだな」
「面白そうです……! ぼ、僕は伯父上に頭を撫でてもらったら、小夜くん達に混ぜてもらいます……!」
ぴょこん、と五虎退が軽やかに立ち上がり、虎たちとともに粟田口派の刀剣達のもとに駆けていく。それを受けて、国広も立ち上がった。
「お前はどこに混ざるんだ?」
「ん……姐さんのところかな」
―――ここでは初期刀はお役御免だからな。
そう言って口元を緩ませる国広も、きっと感覚が狂っている。
本丸で生き残るすべを教える役目なんて、普通は誰も負っていない。本来そんなものは必要ないのだ。外の情報を目にすることの多かった俺は、それを痛いほどよく知っている。それをわざわざ突きつけるような残酷な真似は、俺には出来なかったけれど。
「なぁ、長谷部」
他の本丸では珍しく、布を肩に降ろした国広が、その美しい顔を惜しげもなくさらして、俺を見上げた。
「こう言うのを、幸せというんだろうか」
間違ってなければいいんだが。
そう言って国広は、この景色にも劣らぬ尊い笑みを浮かべた。
失くさぬように。ここに在り続けるように。これが当たり前であるように。
ひたすらに願い、固く誓った。
―――初めてみる、心からの笑みだった