鐘が鳴る
「全員集合!」
僕たち――燭台切光忠率いる遠征部隊が帰還すると、僕達より先に帰還したらしい、国広君率いる第一部隊がいた。そんな彼らの中心で声を張り上げている女性が僕の主――姐さんだ。
ちなみにこの本丸では主のことは基本的に「姐さん」と呼んで敬愛を示している。決して姐さんのことを侮っているとか、そういうことではないから間違えないでね。
閑話休題。
帰城してすぐ聞こえた大声に、僕と部隊員の短刀たちが驚きに目を見開いた。けれど、何か大事があったわけではないらしい。そこに慌てた様子などはなく、むしろ喜色が広がっている。
「あねさま! ただいまかえりました!」
一緒に遠征に行っていた今剣君が姐さんに駆け寄る。それで僕、今剣君、五虎退君の帰城に気付いたらしい姐さんが、年相応に破顔した。
この感じは吉報だ。一期君を鍛刀した時のそれと似ている。
「お帰り、光忠。今剣に五虎退も。お疲れ様」
「ありがとう、姐さん」
「あ、ありがとうございます……! 頑張りました……!」
姐さんだけでなく第一部隊の皆にもねぎらいの言葉をかけられ、お礼を言って労いの言葉を返す。
よほどいいことがあったのか、第一部隊の六人には誉桜が咲いていた。もしかしたら全員が誉れを取ったのかもしれないけれど。
「姐さん? 急に大声を出してどうしたんだ? 何かあったのか?」
内番で仕事をこなしていたり、非番で体を休めていた面々も、姐さんの声に引かれて門の前に集まってきた。その顔は皆一様に不安げだった。
「いきなりすまない。でもいいことはすぐに知らせたいだろう?」
そう言って姐さんが示した先には国広君と小夜くん。布と袈裟で隠れて上手く見えなかったけれど、二振りはそれぞれ一本ずつ刀を携えていた。
彼らの本体ではない。国広君は短刀を。小夜くんは打刀を。それを全員に見せるように掲げた二振りに、わっと歓声が上がった。
この本丸初のドロップだ。
「全員そろったか? では顕現させる」
まず顕現させたのは短刀のほうだった。
桜が舞い、桜で視界が覆われる。桜吹雪が弱まり、視界が開けると、そこには一人の少年がいた。
つんつんと跳ねた短い髪に、釣り眼気味の目。濃紺の軍服に身を包んだ体躯は幼いけれど、しっかりと鍛えられているのが分かった。
「よっ……と。俺は厚藤四郎。兄弟の中だと鎧通しに分類されるんだ」
そう言ってにっと口角を上げる。元気溌溂としていて微笑ましい。
そんな少年に、濃紺を纏った少年たちが飛び付いた。薬研君に五虎退君に鳴狐君。そんな三人ごと厚藤四郎を包むように抱きしめる一期さん。
そんな粟田口に交じって背後からこっそりと裾を掴む長谷部君と小夜くん。二振りは黒田で一緒だったことがあったというから、厚藤四郎という刀とは黒田で一緒だったのだろう。
戦場に出してもらえず、見送ってばかりだったからか、新たな仲間を迎えることが出来て嬉しかったのだろう。仲間が増えて嬉しいのは僕も一緒だけれど。
「おお~? 何だなんだ? 随分熱烈な歓迎だな!」
厚藤四郎――以降厚くんと呼ばせてもらおう――が嬉しそうに声を上げる。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる四振りに答えるように力いっぱい抱きしめ返している。薬研君たちは泣きそうになりながらも嬉しそうだ。
「厚藤四郎」
凛とした声が場の空気を一瞬にして塗り替える。厚くんはぱっと声の方を向き、粟田口派の刀剣達や小夜くんたちは一斉に厚くんを離した。声の主は姐さんだ。
「水を差すようですまない。先に挨拶だけさせてほしい」
姐さんが厚くんの前に出て、膝をつく。はっとするほどまっすぐに厚くんを見つめ、姐さんは微笑んだ。
「この本丸に来てくれて、ありがとう。私がこの本丸の主たる審神者だ」
「おお! よろしくな、大将!」
元気な返事に口元がゆるむ。
「私はまだまだ至らない主だが、精いっぱい努めるつもりだ。だから、一緒に戦って欲しい」
「――ああ、もちろんだぜ」
姐さんが差し出した手を厚くんは力強く握り返した。
挨拶を終え、粟田口派の刀剣達を促す。厚くんの兄弟たちが、待ってましたとばかりに厚くんに抱きついた。
「さて、もう一振りだ」
打刀の顕現を今か今かと待ち望んでいた小夜くんが、頬を上気させて姐さんに刀を差し出す。
あの打刀には見覚えがある。
姐さんが刀に霊力を込め、顕現を促す。桜が舞って、また新たな刀剣男士が現れた。
桜に負けない鮮やかな髪を持った青年。
「……宗三左文字と言います。貴方も、天下人の象徴を侍らせたいのですか……?」
宗三左文字。かつての本丸にも顕現されていた、小夜くんの兄刀だ。
先程のことがあってか、小夜くんたちは抱きつくのを控えている。
「侍らせる、か……。私にそのつもりはないが、一応は私が主だ。どうしても君を侍らせなきゃならないときも出てくるさ」
宗三君の言葉に、姐さんが苦笑する。宗三君はそれに対し、憂いを秘めたため息をついた。
「……仕方のないことだと諦めろと?」
「まぁ、そうなってしまうかもしれないな」
困ったように眉を下げる姐さん。宗三君は不満そうに眉を寄せた。
でも、そうやって不満げにしていられるのも今のうちだと思う。むしろ、そのうち自分から侍らせてほしいって言いだすんじゃないかと僕は予想している。
姐さんが、手に持っていた宗三君の本体を自然な動作で携える。腰に帯刀し、鯉口を斬る。すらり、と流れるような動くで、宗三君を抜刀した。
宗三君ははっと目を見開き、息をつまらせる。
姐さんが刀を光に翳し、じっと見つめる。その視線は酷く熱い。
「―――わがままを言うなら、君の様な美しい刀を侍らせたいと思ってしまう人間の矮小な心も、察してほしいものだけどな」
宗三君がぶるぶると震えだす。顔は湯気が出そうなほどに真っ赤で、その顔を隠すためにか、着物の袖で顔を覆う。それからずるずると力なく崩れ落ちた。
その気持ち、よく分かるよ。帯刀して抜刀して、褒めちぎる。
姐さんってば本当にずるいよね。姐さんは息をするように僕らの心を鷲掴む。
「た、大将かっけぇ……」
厚くんの呟きに、全員が全力で同意した。
―――宗三左文字、陥落。