明るい方へ
混乱の渦にたたき落とされ、狼狽の限りを尽くした俺達が落ち着いたのは、一期一振の困り果てた顔を見た後だった。
若干居心地悪そうに眉を下げ、気落ちしたような笑みを浮かべていた。揺れる瞳に不安が滲んでいる。
「もしや私は歓迎されていないのでしょうか……?」
「そんなことない」
ぽつりと落とされた声に、いち早く反応したのは俺だった。
ぽかん、と俺を見る一期。そんな一期を見て、今の声は自分のものだったのだとようやく理解した。
考えるよりも先に声を出してしまった俺は、自分が声を出していたことにすら気付いていなかった。故にそこから先の言葉が続かなくて、オロオロとうろたえる。
でも本心だった。来てくれて嬉しい。会えて嬉しい。けれどうまく言葉に出来なくて、ただ慌てるのみ。情けない、と冷静な自分がため息をつく。
そんな俺に助け船を出してくれたのはやはりというか、姐様だった。
「彼の言う通りだよ。私は君の様な美しい太刀が来てくれて嬉しい。皆だってそうさ」
「そう、でしょうか……」
「ああ、もちろんだ。それに、今彼らが動揺していたのは私が正確な情報伝達を怠ったからであって、君には何の落ち度もないよ。そもそも、君の様な美しい太刀を歓迎しない輩はいないと思うが」
心底不思議そうに首をかしげる姐様に、一期の顔が固まる。じわ、と頬に朱が滲んでいくのが見て取れて、照れているのだと分かった。
「いや、愚問だったな。そんなことより、君は粟田口派の刀なんだよな?」
「えっ!? あ、は、はい!」
「なら、」
肩を抱くように、薬研、五虎退、俺を一期の前に誘導する。
姐様は、ほんの少しだけ自分より背の高い一期を期待に満ちた目で見上げた。
「君は、この刀達に所縁のある刀剣か?」
絶叫してから一度も声を出さず、一期から目をそらさない薬研と五虎退。一期も二振りの視線を感じていたのか、ゆっくりと二振りと視線を合わせた。その瞬間、薬研と五虎退の瞳から、ぶわり、と涙があふれた。
一期がギョッと目を見開き、慌てて涙を拭こうとするも、それを薬研が制し、彼は言った。
「お、俺っちは、薬研藤四郎……。粟田口吉光による、短刀の一振りでぇ……!」
「ぼ、僕は、ひっく、五虎退です……。僕も、薬研兄さんと同じでぇ……! えぐ、あ、貴方のっ、お、おと、弟、です……っ!」
涙をこぼしながらも気丈に言い切った二振りに、一期が柔らかい笑みを浮かべる。そっと二振りの涙をぬぐい、優しく引き寄せた。
「待たせてすまなかったね」
そう言って一期が二振りの髪をすくと、二振りは声を上げて泣いた。
辛かっただろう。よくここまで耐えた。
誇らしい気持ちと、過去が報われた気がして、こちらまで泣きそうになる。
あの男がどれだけ刀剣を犠牲にしても呼べなかった一期一振をこうもあっさり呼んでしまったことに憤りに似たものを感じなかったわけじゃない。
けれど薬研達の嬉しそうな顔が見れて嬉しい。何より俺自身が新たな甥っ子と出会えて嬉しくてたまらない。
皆も俺達を祝福するように笑ってくれていて、胸が熱いくらいだ。
こんな穏やかな感情を持つことが出来るなんて、あの本丸では考えられない。
胸のあたりがほわほわと軽くなって、ぽかぽかと温かな熱を持つ感覚。姐様と出会って、初めて知ったもの。
廣光が俺達に知ってほしいと言っていたのはこれだろう、と確信できた。
彼が知ってほしいと思ったものを、俺も知ることが出来た。全ては、姐様のおかげで。
「姐様!」
「ん?」
俺の気持ちを察して、お供の狐が姐様に声をかける。
俺は口が回る方ではないから、お供が俺の心情を察して、いつも俺の気持ちを代弁してくれる。
「鳴狐はですね、粟田口派ではありますが、刀工が違うのです」
「ああ……。確か、国吉、だったかな?」
「ええ、その通り! つまりですね、人間で言うならば、吉光作の彼らは甥に当たる存在なのですよ!」
「へぇ!」
お供の言葉に、姐様は興味深げに耳を傾けている。
一度しか言っていない刀工の名もきちんと覚えてくれていて、嬉しい。
きっと、俺達の大事な人だから、覚えてくれているのだろう。姐様はそういう人だ。
「それでですね、姐様。鳴狐が姐様に伝えたいことがあるらしく、聞いてはいただけないでしょうか?」
「うん?」
ここからは俺自身が言わなくてはならないことで、お供が言葉を譲ってくれた。
姐様が俺を見る。俺よりも背が高いから、ほんの少しだけ身をかがませて、俺と同じ目線になってくれる。悔しいような、嬉しい様な。
「姐様、」
「うん」
「俺の甥っ子を呼んでくれて、本当にありがとう」
指で狐の形を作り、頭を下げるように手を動かす。
姐様は一瞬きょとんと眼を瞬かせて、それからゆっくりと破顔した。
あまり女性らしい顔立ちとは言えないけれど、こういう顔をした姐様は、花がほころんだと形容するにふさわしい。
「どういたしまして」
俺の真似をして指で狐を作る姐様に、俺はどうしようもない幸せを感じた。
―――――姐さんの本丸がちょっとだけ前に進んだ日の話