龍の舞
演練開始時刻が迫り、椿達は演練会場に入場した。
廣光は仮装戦場に。椿は指揮官の位置に。他の刀剣男士達は護衛の位置に。
椿達が所定の位置に着くと、演練場は騒然とした。廣光と膝丸の存在だ。
廣光のことは事前に知らされていたが、半信半疑な者が多かったのだろう。驚愕を露わにしている。
見た目に加え、魂の一部に主たる椿のものが混じっているのだ。驚くなという方が無理であった。
そして次に膝丸だ。穢れと怨嗟を纏う膝丸は、堕ちた刀剣男士にしか見えない。事実、悲鳴を上げる審神者や、刀に手を掛ける刀剣男士もいる。
見た目ばかりで判断する審神者達に、椿は憤りを覚えた。彼は優しく、真面目な刀であり、その心根はひたすらに真っ直ぐで眩しいものだと知っているから。
しかし、椿にそれを伝えるための術はない。椿に挨拶などの時間は設けられておらず、また声を届けるための装置もない。
政府は椿に話をさせることを忌避している。椿に弁解の機会を与えたくないのだ。
政府はおそらく更なる戦力を望んでいる。椿達が危惧している安易な物真似を、政府は期待しているのだ。
そして、政府の落ち度である膝丸の事も、あわよくば椿の責として、審神者達に誤解して欲しいのだ。
それでも、伝える事は出来る。近くにいる者になら、声が届く。
そう思って口を開いた時、ざわりと空気が動いた。
振り返れば今剣と岩融が、膝丸の手を握っていた。
その顔は平静を装っているが青白く、額には脂汗が滲んでいる。苦痛に耐えているのが察せられた。
それを見て、膝丸が慌てた。
「お、お前たち……!手を離せ……!」
「いやです」
きっぱりと断った今剣に、膝丸が絶句する。
「俺たちはお主の心が柔らかく、あたたかいことを知っている。お主を大切に想う兄君に守られて、その心が気高いままであることも」
「そうですよ、薄緑。だから、どうどうとしていなさい。薄緑はぼくたちのじまんのなかまで、あねさまの刀なのですから」
岩融と今剣が、膝丸の手を握る掌に力を込める。苦悶に歪みそうになる顔を必死に取り繕って、震えそうになる手を無理に抑え込んで。
それでも決して離そうとしない二振りの手に、膝丸が口元を引き締める。
「分かっているとも。俺は源氏の重宝、膝丸だ!」
真っ直ぐに前を見つめる膝丸の力強い瞳に、今剣達も頬を緩ませる。
椿は自分の言葉は不要だと判断して、膝丸達に背を向けた。
そして、千人もの刀剣男士と相対する廣光の背に、その視線を落とした。
「廣光、」
「何だ」
「私は君の勝利を疑ってはいないが、敢えて言わせてもらう」
大きくなった背中で、廣光は主の言葉を受け止める。
「ここは仮装戦場、折れる事は無い。引く事は許しても、臆する事は恥と知れ」
背中で受け止めた言葉が、じわりと胸に染み込んでいく。
「君の敗北は私の敗北。君はそれを許せるか」
「否、」
「ならば捧げろ、私に勝利を!」
「応!」
力強い返事を皮切りに、開戦を告げる貝の音が高らかに鳴り響く。
彼らの威信をかけた戦いが、今始まった。