龍の舞






 某日、椿は本丸の全刀剣男士と共に、演練場に来ていた。
 打ち直し、大太刀となった廣光の性能を計るために錬度が上限に達した刀剣男士千人と戦うためだ。
 現在は椿本丸の為に用意された控え室にて、椿達を心配して駆け付けた都達と共に、演練開始時刻を待っているところである。
 控え室には沈黙が落ちている。いつでも平静を保っている椿が難しい顔で押し黙っているからだ。
 その沈黙は穏やかなものではなく、少し重い。


「あの、大丈夫、ですか……?」


 沈黙を破り、椿に声を掛けたのは、先日見習いを卒業した女審神者である。
 審神者としての号は「春霞」。
 彼女の担当役人が、椿の、春霞への評価から付けた号だ。
 眉を寄せる椿を心配して、不安そうな表情を浮かべる春霞に、椿が柔らかく笑う。


「はい、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「でも、難しい顔をしていましたよ」


 柔らかい表情を浮かべた椿に、春霞が語気を強める。すると椿はへにょりと眉を下げ、困ったような表情を浮かべた。


「不安があるとか、そういう事ではないんです。少し懸念があって……」


 椿の言う懸念とは、廣光の容態にある。
 廣光は未だに器と魂が馴染みきっておらず、魂が上手く定着しないのだ。その為ちょっとした刺激で魂が弾かれてしまうのではないかという危うさがあり、とても万全とは言い難い状態であるのだ。酷く不安定な状態で戦わせることになってしまった自分が悔しくて、情けなくて、椿は顔を曇らせていたのである。
 もちろん、とても戦わせられる状態でない事は政府にも伝えてある。故に、こちらに有利なハンデが数多く与えられていた。
馬、刀装などの装備は一切禁止。
 修行を終え、極となった刀剣男士の参加は不可。
 二刀開眼の発動禁止。
 二振り以上で斬り掛かってはいけない。など、他にも様々な制約をつけての実戦テストだ。
 それでも、千人という圧倒的な数を前にすれば、ハンデなど殆ど意味を成さない。
 余りにも理不尽な試みであったが、椿に拒否権はなかった。
 憶測の域を出ないが、おそらく政府は廣光を欲しているのだ。主たる椿が目を覚ますまでの一ヶ月の間に、自分達に都合の良い審神者を据え置こうとしたり、廣光を強奪しようとした役人もいたくらいだ。政府が廣光に対して何らかの魅力を感じているのは確かだろう。
 故に、この演練に参加しないという選択肢は無かった。参加しなければ、政府の意向に逆らったとして処罰が下される可能性が非常に高かった。
 その罰の内容は、考えるまでもない。
 そしてまた、敗北も許されない。
 敗北すれば、廣光を扱い切れないとして、彼を取り上げられる可能性があるからだ。大義名分を与えら訳にはいかない。


「悔しいんです。力のない自分が、彼を守れない自分が」
「椿さん……」


 拳を握る椿に、師である都が眉を下げる。
 そんな事はない、と否定するのは簡単だ。
 しかし、そんな言葉は慰めにもならない。
 彼女は、この理不尽から彼を守りたかったのだから。


「気にするな、姐さん。勝てばいいだけだ」
「勝てばいいって、君ねぇ……」
「簡単に言うなぁ……」


 椿を気遣う廣光の言葉に、都の護衛として付いてきた歌仙が呆れたような声を上げた。
 春霞の護衛の加州も、眉を下げて、困ったような表情を浮かべている。
 両名とも、無謀であると言いたいのだ。


「この程度で屈するようでは、この先、姐さんを守れないんでな」


 きっぱりと言い切った廣光に、歌仙と加州が顔を見合わせる。
 椿の本丸の変遷を思い出せば、事前に通達があり、ハンデも貰えている今回は、かなり良心的であると言えた。それでも、理不尽である事には変わらないが。


「それに、姐さんは俺の勝利を信じてくれている。ならば、その期待に応えないとな」
「疑う余地が無い。私の刀の実力は、私が一番良く知っている」


 何を当たり前の事を、と言わんばかりに目を瞬かせる。
 当然のように一片の疑いも見せない信頼に、廣光が口元を緩ませた。
 信じる事より疑う事の方がずっと容易であるはずなのに、椿はまるで信じる事の方が簡単だと言わんばかりに相手に心を傾けるのだ。そんな風に心を向けられて、その期待に応えたいと思わない刀剣男士は、椿の本丸に存在しない。
 そんな椿の言葉に、廣光が柔らかく微笑んだ。


「皆様、そろそろお時間です」


 どろん、と煙を上げて現れたこんのすけが告げる。
 こんのすけの言葉に椿達が時計を見やれば、確かに演練開始時刻が迫っていた。


「じゃあ俺達は観客席に戻るよ」
「椿さん、廣光さん、頑張ってください!」
「応援してるよ」
「無茶しないようにね」


 都達が激励の言葉を述べ、控え室を後にする。
 それを見送って、椿は廣光に向き直った。


「さて、準備は出来ているか?」
「ああ」
「万全な状態でないのが悔やまれるが……」
「問題ない」


 鋭い視線が椿を射抜く。どちらも引かず、臆さず、お互いの目を見つめ合う。
 先に視線を和らげたのは椿だった。


「いつも通り、全霊を掛けて戦ったならば、その結果がどうであれ、私は潔く受け止めよう」


 敗北を想定しての言葉であったが、椿の目には、一切揺らぐ事のない信頼が宿っている。勝利を信じて疑わない力強い色がある。その色を見て取って、廣光も、口元を緩めた。


「あんたに勝利を」


 その信頼に応えたいのだと、その言葉に込めて、廣光は勝利を約束した。




2/6ページ
スキ