蓮池の夢






 カァン、カァン!
 鋼を打つ音が、鍛冶場に木霊する。
 生きたいと叫んだ廣光の望みを叶えるために、私―――椿は廣光と本丸の刀剣達の了承を得て、廣光の本体を打ち直すことに決めたのだ。
 だから私は今、鍛冶場の精に頼んで、一緒に刀を打ち直している。
 廣光が溶けていく。形を失っていくのが分かる。
 新しいものが加わって、在るべき形が崩れて、魂が弾かれ様としているのが分かった。


(嗚呼、行かないでくれ。私はもう、失うのは嫌なんだ)


 魂が弾かれないように、繊細に、綿密に。
 けれど鋼を打つ力は強く、大胆に。
 離れていこうとする魂を引き戻しながらの作業は、加州を打ち直したときとは比べ物にならないほど難しい作業だった。
 けれど、そんなことで根を上げてはいられない。
 失わないと、諦めないと誓ったのだから。

 魂がどこかに行かない様に引きとめて。
 今の形に合わせる様に形を整えて。
 足りない部分は補填して。
 その作業をひたすらに繰り返す。
 それは想像を絶するほどに苦しい作業だった。
 全身が悲鳴を上げる様に軋み、魂が引き裂かれた様に痛む。
 けれどきっと、廣光はこの比ではない。
 ならば私が弱音を吐いてなんていられない。
 
 唐突に、炎をたいているはずなのに、体の芯が、酷く冷めていくような感覚に陥った。
 気配が、急激に遠ざかっていく。
 ああ、行かないで。行かないでくれ。
 今すぐ炎の中に飛び込んで、遠ざかる気配を取り戻したい。
 崩れゆく刀をこの手に抱きしめて、嫌だと泣き喚きたい。
 けれどそんなことをすれば、もっと遠くに行ってしまう。だから私は、必死に歯を食いしばって、踏みとどまって、耐えるしかない。
 焦るな。慌てるな。集中しろ。心を乱せば、その分だけ遠ざかる。
 冷静な部分がそう諭すのに、気持ちは荒立ったまま、一向に落ち着く気配を見せない。

 それもまた突然だった。
 唐突に、私を支えるようにして、霊力が渦巻いたのだ。
 激しくも温かい霊力の奔流が、私の支えとなって鋼を打つ手助けをしてくれる。
 これは鍛冶場の精達のものだろうか。
 全く知らない霊力のようにも感じるし、馴染み深いもののようにも感じる。
 それは不思議な霊力だった。
 危険は感じない。むしろ心を落ち着かせてくれる様な、湖面の様な霊力だった。
 そんな霊力をこの身に受けて、ようやっと落ち着きを取り戻す。
 離れていく魂を引き寄せて、もう二度と離さぬ様に抱きしめる。
 廣光の魂を捕まえることが出来たなら、後は全身全霊を懸けて、彼の望みを叶えるだけだ。


(私の命を掛けて、必ず君を生かそう)


 そうして打ち直しが完了したと同時に、私の意識は白い闇に包まれた。




2/3ページ
スキ