明るい方へ






 いきなり鍛刀部屋に入るのは酷だろう、という姐様の計らいで、鍛刀は姐様と、審神者の補佐を担当している管狐のこんのすけで行う運びとなった。
 と言っても、前の本丸のこともあって、俺が姐様とこんのすけを二人きりにするのがいやだったから、鍛刀中は俺と外で待っていることになったけれど。
 近侍である俺以外の刀剣達はというと、二人で資材を運ぶのは辛かろうと資材運びを手伝った後は、各自与えられた仕事を全うすべく、各自の持ち場に戻って行った。
 使う資材はこんのすけお勧めの350。一度に1000近くもの資材を使い込んでいた前任と比べると、はるかに少ない数だ。
 こんな少ない量で鍛刀など出来るのか、とこんのすけを訝しんでいると、こんのすけは言った。出来る、と。
 鍛刀を行うのに必要な最低資材数は50。主に短刀を降ろすためのものだが、鍛刀という行為には、これだけあれば十分なのだと。
 大きい刀種になるにつれて資材の量は増やさねばならないが、1000も使う必要はないのだと。精々5、600もあれば十分なのだと。


「レアと呼ばれる刀剣達も、600もあれば降ろすことが出来ます」


 それを聞いて、俺は湧きあがる怒りを抑えるために強く拳を握りしめた。
 その程度の資材で良かったならば、今までの残虐な行為は一体何のために行われたのだろう。
 資材が足りないと短刀達を手にかけ、折れて戻ってきたものたちすらも資材に変えた。
 そしてたくさんの命と引き換えに出来上がった刀が望むものでなかったならば怒り、無茶な出陣を要求し、折られる。そしてまた資材に戻される。その繰り返し。
 死の恐怖に苦しみながら生き、仲間や身内が火にくべられるのを眺めていることしかできない苦痛。助けたくて、救いたくて手を伸ばしても届かない絶望。
 それが、管狐のその言葉で、無意味だったもののように感じられた。
 だってそうだろう。あの男が使っていた半分ほどの資材であの男の望みの刀が鍛刀出来るならば、その分だけ、火にくべられた刀剣達は無駄だったということになる。
 これでは、何のためにたくさんの刀が犠牲になったのかが分からない。


「報われない……」


 報われない。
 思わず口の端から洩れた声は、思った以上に掠れていて、随分と低かった。
 お供の狐が、俺の頬に擦り寄る。柔らかい毛並みはいつも俺の心を落ち着かせてくれる。
 けれど今日は、お供自身も心をざわつかせているからか、逆にざわつきが大きくなる。


「駄目ですよぅ、鳴狐。姐様に伝わってしまいます」


 お供の弱々しい声にハッとする。そして、俺の本体は姐様に帯刀されているのだと思いだした。
 姐様の近侍として姐様の補佐につく日は、必ず姐様が本体を持つことになっている。
 俺達は普通の審神者のもとに降ろされた刀剣達と比べると、不安定なのだと思う。ふとしたことで傷が疼き、暴れ出したくなるような衝動を抱く。前任の残した負の遺産だ。それを落ち着かせるには、主に握ってもらうのが一番なのだ。
 子が母に抱かれて安心するようなもので、まだ完全に安定しているとは言えない俺達を安心させるために、姐様が俺達の本体を携えてくれるのだ。
 姐様は俺達の心を読むには至っていないが、感情の揺れを把握できる程度には俺達と深くつながっている。そして姐様は常に俺達を帯刀していることを念頭に置き、少しでも心が翳れば心を配る。
 それはとても嬉しいことではあるのだけれど、姐様に心配をかけるのは憚られる。ただでさえ、たくさん迷惑をかけているのに。
 ほの暗い気持ちを押し殺し、もう一度尋ねた。


「何で、350なの?」


 姐様がこんのすけに助言を求めた時、こんのすけは迷いなくこの数を告げた。
 姐様は資材の数量を気にかけていたからこの一度きりと決めて鍛刀に踏み切ったのに。50あれば鍛刀出来るのならば、それで良かったのではないか、と。
 するとこんのすけは言った。


「350というのは、主に打刀を降ろすのに使われる資材数です。ですが、それと同時に太刀を鍛刀するのに必要な資材の最低値でもあるのです」


 この数量で太刀を降ろすのは新人では難しい。これによって審神者様の力量が試せるのです。
 太刀が降ろせれば優秀であると。打刀であれば平凡であると。


「私は審神者様の力を試しているのです」


 きっぱりと言い切ったこんのすけに、俺は先ほどとは別の種類の怒りを覚えた。
 この管狐は刀剣男士には同情的だ。前の本丸のこんのすけが前任と一緒になって俺達を傷付けてきたから、政府が俺達に有利なこんのすけを用意したのだろう。俺達が制御不能となるのを恐れて。
 それゆえに、俺達を苦しめてきた審神者と同じ人間である姐様には厳しいところがある。
 この人間に俺達を任せてもいいものかと、それを見定めるかのように、姐様を試すのだ。不愉快この上ない。
 姐様は正しい段階を経て審神者になったわけじゃない。場合によっては敵方に有利に働く危険性を持つ『過去の人間』でもある。そういうところが、政府に仕える彼には鼻につくのだろう。その実力を疑っている節が強い。
 俺達のために、という彼の使命感と、戦争であるという事実を踏まえれば、ある程度は仕方のないことかもしれない。
 けれど、


(まぁ、むかつくよね)


 そのまっすぐな魂の美しさを知らない管狐風情が、姐様を試すだなんて。


「姐様はきっと、君の予想を上回る人だよ」
「ええ、ええ! 姐様は素晴らしいお方です!」


 お供と一緒に笑うと、管狐は訝しげに首をかしげた。





 「鍛刀には三時間ほどかかるそうだ」


 鍛刀は審神者の霊力を使い、鍛冶場の精が行う。審神者の霊力の質が良かったり、力が強ければ、それだけ精霊たちも力を発揮できる仕組みになっている。
 前任は霊力が乏しく、質もあまりよくなかったために、彼らの力を十分に発揮することが出来ず、降ろせたレアはたった一振りだけだった。
 姐様も霊力の量は決して多いとは言えないけれど、質は上質と言って差し支えない。
 審神者となった今、霊力について学ぶ機会もあるだろう。そうなれば、彼女の力はより向上し、より洗練されたものとなるだろう。
 政府によって生み出された管狐は、俺たちほど霊力や魂の良しあしに明るくない。だから気付かなかったのだろう。姐様が自分の予想よりも力のある審神者であることに。
 太刀の鍛刀に成功したことに俺達は納得していたけれど、こんのすけただ一匹だけが、あんぐりと口を開けていた。




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