明るい方へ






「鍛刀をしてみたいのだが、良いか?」


 姐様がそういったのは、全員が一堂に会する朝餉でのことだった。
 自分に鍛刀が出来るかどうかを試させてほしい、と姐様は言う。
 霊力や才能があっても鍛刀出来ない審神者はいる。
 今は問題なくとも、のちに鍛刀出来なくて問題が起こることもあるかもしれない。そうなっては困るから、出来るかどうかだけでも確かめたいのだ、と。
 この本丸は、脇差がいないから、資材確保が難しい。そのため資材使用の最優先事項は手入れと刀装作りだ。
 その方針を打ち出したのは姐様自身で、この一度きりでいいから、と俺達に懇願してきたのだ。
 自分が主なのだから、もう少し自分勝手にふるまってもいいのに、と俺――鳴狐――は思う。彼女が自分勝手にふるまっても、常識の範囲から逸脱できないだろうし。
 でも姐様は、それが出来ない人だった。
 姐様は優しくて、でも自分に優しく出来ない不器用な人。
 俺達に黙ってこっそり、なんて卑怯なことは出来なくて、正々堂々真正面から来る人なのだ。
 そしてどこまでもまっすぐで、優しい人。多分この鍛刀は、俺達の為でもあるのだと思う。
 俺達は鍛刀が苦手だ。
 前任の審神者であった男が、珍しい刀剣に固執する男だった。
 そんな男が唯一降ろしたレア太刀――鶴丸国永。彼は鍛刀で降ろされ、男は鍛刀を繰り返すようになったのだ。
 鍛刀をするための資材を得るために主に犠牲となったのは短刀たちだ。
 錬結や刀解の日課を短刀でこなし、資材を得る。それでも足りなければ、ついさっきまで自分の世話をしていた短刀たちを余分に刀解した。
 資材を運んでいた兄弟が突然刀解され、他の資材と混ざって分からなくなってしまったと甥っ子たちに泣きつかれた時にはぞっとした。
 恐ろしいほどの執着心を持ちながら、残酷なまでに愛着のない男だった。
 そんな男が主であったから、遠征や出陣から帰ってくると甥っ子たちがこぞって姿を消しているなんてことはざらにあって、彼らを本丸に残しての出陣は、今でも少し怖かったりする。
 姐様がそんなことをしないというのは分かっている。けれど帰って来た時に彼らの姿が見えないと、またいなくなってしまったんじゃないかと震えが止まらなくなる。
 これは俺以外の刀剣にも言えることだけれど(何せ出陣した一部隊がそのまま帰ってこなかったこともあったぐらいだ)身内が多く顕現されていた俺が一番この類の恐怖心が強いらしい。それだけ、失われたのだ。
 そんな俺のために、姐様は効率が悪いことを承知の上で、俺が帰城するまで甥っ子たちを本丸に残してくれている。
 俺が出陣している間に甥っ子たちが消えているようなことはないと、そう認識させるために。それを実感するのが一番効果的だろうから、と。
 そんな風にしているから戦績が伸びず、お上(ちなみに担当役人ではなく、もっと上の役人なのだそうだが、俺達にとったら役人は役人だ)から注意を受けたり文句を言われているのに、それでも姐様はやり方を変えない。
 多大な迷惑をかけているのに、姐様は俺達を尊重してくれている。
 変わりたいと、報いたいと思うほどに。


「薬研達がいいなら、俺は賛成だよ」


 俺の言葉が、静まり返っていた広間に響いた。
 視線がこちらを向く。どれもこれも驚いたように目を見開いていた。
 特に短刀たちが驚いていた。
 それは当然かもしれない。失うことに対する俺の怒りと怯えっぷりは相当なものであったらしい。鍛刀部屋に入る審神者を見る俺の目は、戦場でのそれよりもはるかに険しく苛烈なものだったと、数多の戦場を共にしてきた廣光に言われたことがある。
 鍛刀という行為を一番憎んでいるのは、結果として原因となってしまった国永でもなく、解かされてしまった短刀たちでもなく俺だということは、この本丸の総意であるらしい。
 その総意には姐様も含まれているようで、全員に向かって言葉を発してはいたけれど、意識は俺に向いていた。
 鍛刀を嫌っているはずの俺がいの一番に賛成の意を示したからか、姐様の瞳が大きく揺れた。
 不安にならないで、姐様。自暴自棄とかそんなものではなくて、変わりたいという俺の意志。


「実感するのが、一番なんでしょう?」


 そう言うものだと認識するためには、まずそれを実感する必要がある。鍛刀は決して嫌なものではなくて、恐ろしいものではなくて、良いものであるのだと。
 姐様が突然鍛刀がしたいと言い出したのも、それを知ってほしかったからだ。
 俺達に乗り越えてほしいと願っているからだ。


「実感させて。鍛刀は悪いものじゃないって」


 そうしたらきっと、乗り越えられると思うから。
 そう言うと、姐様は「もちろんだ」と言って、力強くうなずいてくれた。




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