紅の君が顔と声を捧げてツイステ世界に渡る話
私は口裂け女と呼ばれる怪異。
私は自分がどのように生まれたのかを覚えていない。噂が広まった末に生み出されたのか、元となる存在が堕ちて私に成ったのか。そんな些細なことすら思い出せないほどに堕ちてしまった存在だ。
けれど、一つだけはっきりしていることがある。
それは私が人に望まれて生み出されたということ。人無くして在れない存在であるということだ。
人々がそう在れと望んだから、私はべっこう飴が好物で、ポマードの臭いが嫌いで、どんなときでもマスクをつけて、コートを着ている。
道行く人に自分の容姿について尋ねて、対処出来ない者を殺していく。
それが私。口裂け女。
人々は私を畏れ嫌う。
そう在れと望まれたから、そう在っただけなのに。
『ひ、ひぃ……! き、綺麗、綺麗よ、綺麗だから……!』
『殺さないで、殺さないで!』
『ポマード! ポマード! ポマード!』
『く、来るな! あっち行け!!』
『いや、いや……! 化け物! 化け物……!』
みんなが、私を畏れ嫌う。
どうしてそんなに怯えるの。あなた達がそう在ることを求めたのに。
あなた達が、私を生み出したのに。
気が狂いそうな程、繰り返された問答。
誰もが怯え、誰もが嫌い、誰もが私を否定する。
それが正しい。そうすることで私は存在を確立する怪物。
けれど、それでも。
綺麗とは言えない化け物だけど。
その在り方こそが正しいのだとしても。
けれどその前に、私だって女なのだ。
だから、たった一度でいいから。
それが最後でも構わないから。
誰でもいいから、心の底から、私を褒めて欲しいの。
『正直、血で汚れた姿は綺麗ではないな』
『でも、君は美しいと思う』
そんな中でただ一人、私を美しいと言ってくれた人がいる。
その人は私の素顔を見た後にも関わらず、心の底から、そう思っているのだと分かる瞳で私を見つめていた。
私を化け物ではなく、一人の女として扱ってくれた得難き人。
こんな恐ろしいものを見ても尚、私から目を逸らさずに真っ直ぐに対峙してくれたのだ。
その人との出会いは偶然だった。
降り頻る雨の中、いつもの様に、私が私として在るべく、一人の子供に声を掛けたのだ。人々に恐怖を与えるために、醜い顔をマスクで隠して。
その子供はひどく変わっていた。突然声を掛けた私にも臆さず、平然と傘を傾けて笑ってみせたのだ。
マスクを外して脅してみせても、彼女は態度を変えることをしなかった。あまつさえ、美しいと断言したのだ。
『君が君であるべく必死に生きている。その姿を美しいと言わず、何と言う?』
まるで朝は必ず訪れると言うように、当たり前のことを語るように。
彼女は私を肯定してくれた。私が私であることを認めてくれた。
たった一言で、私を救ってくれたのだ。
誰もが忌み嫌う私を、救いようの無い化け物を、彼女は救ってしまったのだ。
それは奇跡と呼んで差し支えない御業だった。
彼女だから為せた偉業だった。
それ程までの衝撃と感動。果てのない喜びを、私は彼女に与えられたのだ。
貴女のためならば、私はどんなものだって差し出せる。
そんな風に思うくらいに。
そんな貴女が姿を消した。
彼女の一等大切なもの達から齎された情報は、私を絶望の底に叩き落とすには十分だった。
死に物狂いで、昼夜を問わず、場所を選ばずに駆け回った。
けれども見つからない。愛しい姿を見ることは叶わない。
私の最愛が、得難い光が失われた。その事実が、私をより悍ましい存在へと塗り替えようとしていた。
この世の全てを呪い、この世界を絶望で満たしてやりたい。そんな風に思ってしまうくらいに、私はその事実が受け入れられなかった。
けれどそんな時、天上のお方から、彼女の居場所が明らかにされた。
彼女は次元を超え、異なる世界に迷い込んだという。
どうやらそれは彼女の意思ではなく、何かを補填するために、代わりに彼女が引き摺り込まれたというのだ。
ああ、どうして世界はこんなにも優しくないのだろう。彼女にばかり、責苦のような試練を与えるのだろう。
いいわ、いいわ、いいわ。
世界がそのつもりなら、私だってそのように戦おう。
そこに彼女の意思がないのなら、彼女の選択でないというのなら。その世界での彼女の行く先を、捻じ曲げたって構わないはず。
だって彼女の意思でないのなら、捻じ曲げたって、彼女の意思にはそぐわない筈だから。
私だって彼等のように、全てを捧げる覚悟は出来ている。