照らすだけの存在には救えない






「この世界はヒーローを神聖視しているよね。救世主なんて良いものでもないだろうに」


 昼休みの食堂。好きな映画や漫画の話題で盛り上がっていた学生達に向けて、春霞が酷く冷めた言葉を口にした。
 彼女ともう一人―――――撫百合(お手洗いのため、現在席を外している)は異世界から召喚され、雑用係としてNRCに籍を置いている。
 彼女たちの世界とツイステッドワンダーランドでは感性や倫理観に大きな違いが見られ、常識なども異なることが判明していた。

 ツイステッドワンダーランドでは正義は必ず勝つものであり、ヒーローは絶対的な存在だ。
 ヒーローは物語をハッピーエンドへ導くために必要不可欠な存在で、救世主がいなければ世界は幸せな最後を迎えられない。
 けれど、そんな存在を、春霞は肯定的には見ていないようだった。

 NRCはヴィラン側の性質を持つ生徒が多く在籍している。ヒーロー側の素質を持つ生徒の方が圧倒的に少なく、彼らは“倒される側“の存在だ。それ故に、彼らは所謂光属性の生き物を苦手とし、毛嫌いしている。悪役に共感してしまう彼らにとって春霞の反応は、酷く興味を引くものだった。


「私の尊敬する人は言ったよ。“救世主なんて悍ましいものになりたくない”って」


 視線だけで続きを促すと、春霞はため息のような微かな声で続きを述べた。
 彼女のいう尊敬する人とは、恐らく春霞と撫百合が度々口にする“ツバキ”という人物のことだろう。彼女たちの口から語られるツバキなる人物は、不屈の心を持った聖人のような人という印象だ。どちらかと言えばヒーロー側であろう人物で、そんな人が救世主を“悍ましい”と評するのは意外なことのように思えた。


「あの人は神聖視されることで、絶対視されることで何でも救えると思われていた。そう在ることを望まれてしまった。彼女は、ただの少女でしかないというのに」


 ああ、やはりツバキは光属性なのかと、春霞と比較的仲の良いエースは彼女の正面の席で顔を顰める。
 そういう存在は、得てして世界に選ばれてしまうのだ。例えば高名な魔法士に見初められる騎士のように。伝説の剣に見いだされる勇者のように。
 きっと、ツバキもそういう人間なのだろう。悪い魔王に捕らわれたお姫様を助ける王子様のような、誰もが憧れる完璧なヒーローなのだろう。
 けれど、春霞の口調がなんだか不穏だな、とエースの隣の席に座るデュースが眉を下げる。


「彼女が見て見ぬ振りを出来ないのを分かっていて、見捨てられずにいるのを分かっていて。その上で、救いを求めるもの達を彼女の目の前に差し出した」
「助けたいというあの人の優しさに付け込んで、生きて欲しいという彼女の願いを利用して、傷だらけの彼らに手を伸ばすように仕向けたんだ」


 ―――――ああ、本当に嫌になる。
 眉を顰め、口角を曲げ、憎々しげに告げる春霞に目を見開く。
 春霞の珍しい表情に驚いたというのもあるけれど、それ以上に驚いたのは彼女の告げる言葉そのものだ。
 直接会ったことはなくとも、春霞達の語るツバキはヒーロー側の存在だ。
 ヒーローは傷付いた人を救うのが当然で、ヒーローに手を差し伸べられた相手は助かるのが必然だ。そうして迎えるハッピーエンド。みんな幸せ、笑顔の大団円。
 けれど春霞の言葉から察するに、彼女はツバキにそう在って欲しくないように思えてならない。


「何度でも言うけれど、彼女はただの人間だ。神でも仏でも、救世主でもない。すべてを救えるヒーローなんてものは、所詮夢物語でしかないんだよ」


 世界の鉄則を意図もたやすく破壊しながら、春霞が吐き捨てた。


「でもね、あの人を救世主に仕立て上げたい奴らは言うんだ」
「“お前なら助けられただろう”、“何故見殺しにしたのか”って」


 ―――――もう助けるとか助けられないとか、そんな段階はとっくに超えている相手であっても。死こそが救済だと希う相手が救えなくとも、お構いなしに。
 ヒュッと誰かが息を呑んだ。
 だって、救済者がいるのならば、相手は必ず救われるはずなのだ。なのに、救われないなんて事があるのか。救済者に、救えないなんて事があるのか。


「“身体は傷だらけ。心はもっと傷だらけ。逃がしてやれるなら、あいつを逃がしてやった方が良い”」
「“こんなことが続くなら。逃げる場所すらないのなら、あいつは殺してやった方が良い”」


 ―――――誰かを掬い上げるのは、そんな簡単なことじゃない。
 摩耗して、疲労して、その身を、命を削って行うものだ。
 だから救える者は祀り上げられる。神のごとく扱われる。それほどに難しいことだから。


「救いを求めて手を伸ばしたもの達にすら、そんな風に言われてしまうような、あまりにも悲惨なもの」
「それが救世主に祀り上げられるということ」
「まぁ、只人が“救いの手“になることは出来ないから、結局はなり損ないの成れの果てでしかないんだけれど」


 待って欲しい。本当に待って欲しい。救世主ってそんな悲しいものなの?
 勝手に祀り上げられて、命を削らされて、救えなければ罵倒されて。救われたいと願っていた、救済を求めていたようなもの達からも哀れまれるような、そんなむごいもの?
 しかも、勝手に決められたものだから、本物の救世主でもなくて。救おうとしても救えない、何者にも成れないただの人。
 もしかして、本当に救済が必要なのって―――――。


「でもね、彼女には素質があるんだよ。縋り付きたくなるような、手を伸ばしたら救いあげてくれるんじゃないかって夢見てしまうような、誰かの救いとなる素質が」


 只人からは決して逸脱できない。けれど、救世主になり得る可能性を感じさせるだけのものが彼女にはあるのだと、春霞は泣きそうな顔で笑う。


「彼女は“どうしようもない人”と評される。事実、彼女はどこまでも平凡で、特筆すべきものなんてない」
「才能なんてないのに、必死になって足掻き続けるの」
「逃げたくない。俯いたままで居たくない。弱いままで良い。挫けたって構わない。けれど諦めることだけはしたくない」
「全部抱えて歩き続けたい。例えそれが耐えがたい痛みでも、寂しさでも。どれもこれも、全部私のものだからって」

「無様で、傲慢で、情けなくて、欲深い」
「大欲を抱く人の見本型。不屈の化身、“前進”の体現者」
「それが彼女。私の憧れ」

「馬鹿にされようが、呆れられようが、立ち止まることだけはしてなるものかと。どんな理不尽だって乗り越えて、最期の時まで足掻き抜いてみせるって。彼女は絶望の底で、そう言って前を向くの」
「ね、まるで地獄に差した光みたいでしょう?」


 そう言った春霞の瞳は、酷く濁り切った、救済を必要とするものの目をしていた。




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