姐さんがNRCで変化せざるを得なかった話
「誰だよ、ジンベエザメちゃんのことバラした奴! ぜってぇ許さねぇ!!!」
2年生達は知っていた。彼女が怯えていることを。女性だと知られるのを恐れていることを。
女性だと指摘するのは彼女の為にならない。自分から女性だと明かしても大丈夫だと、そう思わせなければ。
そうでなければ、彼女の心は決して安寧を得られない。そのことを、彼らだけが知っていた。
「ええ、フロイド。血祭りに上げてやりましょう」
そして2年生達はそれを誰かに打ち明けることをしなかった。
ツイステッドワンダーランドは女性に優しい。これは敬意を払うべき相手として見ていると言う意味だ。
けれどツバキの世界は違う。女性であることを隠さなければ危険だと、当然のように思考しているのがその証拠だ。
彼らは考えもしなかった。女性を大切にするのが当然であったから。だから性別を知られることを恐れるような女性がいることを知らなかった。
「死体の処理は任せてくれ。伝手がある」
だから彼らは口を閉ざしていた。
直接彼女の心の声を聞かねば。あのときの言いようのない怯えを知らねば。女性を大切にするこの世界の住人達は、ツバキを憐れんで、救いの手を差し伸べようとするだろうから。それが彼女の望まぬ事であろうとも。それが彼女を傷付けることになろうとも。
「見つけ次第、まずは首を刎ねてやる!!」
本当は大丈夫だと伝えたかった。そんな風に恐れることはないのだと。
けれどツバキの心を護るためには、信頼を得ることが必要だった。性別を明かしても害されることはないのだと、信用して貰わなければならなかったのだ。
けれど暴かれてしまった。心境を慮られることもなく、不本意に、不用意に。
「なんで、なんで……! 痛いのも苦しいのも、全部ツバキばっかりだ………!」
カリムたちは泣いていた。彼女の痛みを聞いていたから。彼女の恐怖を知っているから。
だから、今でなくていいと思っていたのだ。いつか、自分から性別を明かしても大丈夫だと思えたときで良い、と。
自分たちだけで抱えるのは辛いと思っていたけれど、たった一人で秘密を抱える彼女よりはずっとマシだと、そう思って我慢してきたのに。
それなのに、無理矢理こじ開けてしまった。
―――――もう二度と、ツバキが心を開くことはない。和解はないと、彼女の目が物語っていた。
「すまない………。学園長にミス・ツバキが女性であると伝えたのは俺だ」
悲痛な声で、真っ白な顔でそう言ったのはクルーウェルだった。彼はツバキが女性であると知っている、唯一の教員だった。
フロイド達がツバキの性別を知ってしまったとき、彼らは盛大に涙したのだ。それを一大事と取ったツバキが助けを求めたのが、他ならぬクルーウェルである。
そのとき彼らはクルーウェルになら、とツバキの心の声を余すことなく伝えたのだ。ツバキが女性であることも含めて。彼ならツバキの恐怖を理解してくれると信じて。
けれどクルーウェルはその信頼を裏切った。よりにもよって、事を大きくするであろう学園長に伝えてしまったのだ。
仕方ない部分もあっただろう。クルーウェルは教師で、NRCは男子校で、ツバキはその中の唯一の女性だ。
ツバキを保護する学園側が、その事を把握していないのは問題でしかないだろう。
けれどそれは、ツバキの心よりも優先するものがあると、言外に示す行為に他ならなかった。彼らには、そう思えてならなかった。
ジャミル達は普通の子供よりも社会に理解のある子供達であった。家庭環境などがそうさせた。
しかし彼らはまだまだ子供であった。理解は出来ても納得は出来なかったのだ。だから、どうしたって、裏切られたという想いが付きまとった。
彼なら分かってくれると思っていたのに。理解を示してくれる大人だと思っていたのに。―――――信じていたのに。
生徒達の失望の眼差しが、クルーウェルに突き刺さる。けれど彼は黙ってそれを受け入れた。
ツバキの心を傷付けた一端であることを、彼は正しく理解していたからだ。
こうなった彼女の心を溶かすのは、歴史に名を残す偉大な魔法士になるよりも難しい。