姐さんがNRCで変化せざるを得なかった話
翌日、いつもより少しだけ早く目を覚ましたグリムは、ツバキに「おはよう」と言おうとして、けれどその言葉は形になることは無かった。
自分の目で見た光景を信じたくなくて、グリムは悲鳴のような声を上げてオンボロ寮を飛び出した。
グリムは風のように走っていた。一刻も早く誰かに伝えなければならないと思ったからだ。
グリムは魔獣である。ツバキの、人間の性差などよく分からなかった。グリムに取ったらどっちだって良かった。雄だろうが雌だろうが、ツバキはツバキであるからだ。
どちらにせよ、ツバキはグリムの子分なのである。親分として護らなければならない存在だ。
だから、子分が害されたならば、助けなければならないのだ。自分一人でどうしようも無いのなら、誰かに助けを求めてでも。
「エース、デュース! 大変なんだゾ! 子分が、子分が………!!」
早朝にハーツラビュルに駆け込んできたグリムに、その場に居合わせた生徒達が驚きに目を瞠った。
勝ち気で生意気なグリムが泣いていたからである。
名前を呼ばれた二人と、叫び声を聞いて駆けつけたリドルが不穏な空気に顔を強張らせる。
「子分が髪を切っちまったんだゾ!!!」
本当なら、切らなくて良かったのに。女だとバレてしまったから、ツバキは髪を切り落とした。女だと認識されて害されるのが恐ろしくて、徹底的に性差を感じさせる部分を削ぎ落としたのだ。
きっと辛かっただろう。自分の意志でやったことではあるけれど、望んで行った事ではないのだから。
「ツバキの奴、雄みたいになろうとしてるんだゾ………!」
その言葉を聞いた瞬間、リドル達は弾かれたように駆け出した。
オンボロ寮への道を全速力で駆け抜ける。
ツバキはいつも生徒達の登校時間よりも早いうちから雑用に精を出している。すでに学園に向かっている頃だろう。
「お、おや? な、何故男物の服を? も、もしや用意したものは気に入りませんでしたか? そ、それに髪も短く………。い、一体どうしたのですか!?」
「気に入るも何も、学園長が用意して下さったのは女性物じゃないですか」
「あなたは女性なのですから、当たり前でしょう!?」
学園長の悲鳴のような声が聞こえる。学園に向かうツバキの様子を見に来たのだろう。その声を頼りに脚を動かし、エース達はツバキの姿を視界に捉えた。
グリムの要請でツバキのもとに駆け付けたリドル達はその光景を見て息を呑んだ。
濡れ羽色の美しい髪が、バッサリと切り落とされていたのだ。
髪を束ねられる程度にはあった髪が、ジェイドやフロイドと同じくらいの長さになっていたのである。
デュース達が驚愕の表情で見ていることに気付いているのかいないのか、学園長と対峙するツバキがゆっくりと口を開いた。
「何言ってるんですか、学園長。男子校に、女がいるわけないじゃないですか」
そう言ったツバキはいつものように笑みを浮かべていたけれど、その瞳は冬を閉じ込めたような、氷のような眼差しをしていた。
それは完全に、心を閉ざした者の目だった。