姐さんがNRCで変化せざるを得なかった話
ツバキの性別が判明してから、廃墟と見まごうオンボロ寮は、見違えるように綺麗になった。
見た目はツノ太郎ことマレウスのことを気遣ってそのままにして貰ったが、内装は他の寮と比べても遜色ないほど美しい。
けれどツバキは、その事を素直に喜べないでいた。
埃が酷くて、咳が止まらないからと掃除をするのに何日潰しただろう。雨漏りがするからと屋根に登って修繕するのに何日掛かっただろう。
けれどそれらは、魔法の力によって一日足らずで全てが完璧に修繕された。
今までの努力は無駄だったのだと突き付けられたようだった。
ガタガタと寮を揺らす風に、何度夜中に起こされたことだろう。屋根から落ちそうになって、何度心臓を縮ませたことだろう。
食費を削って、時間を削って、少しずつ少しずつ綺麗にしたのに。
こんな風に一瞬で美しく磨き上げることが出来るなら、最初からそうしてくれれば良かったのに。そうであったならば、その時間をもとの世界に帰る手段を探すことに充てられたのに。
(なんて、残酷な力なんだろう)
魔法は万能ではないという。事実、出来ないことも多いらしい。
けれど、魔法が使えないツバキにとっては、それはまさに奇跡の力だった。
(なんて、残酷な世界なんだろう)
ただツバキが女であると言うだけで、この待遇である。それは侮辱のように思われた。
ツバキという人間に価値はないと。女だから労力を使うのだと、そう言われているように感じたのだ。
そして極めつけは、オンボロ寮の一角に山を為している服飾品である。
美しい絹のレース。淡い桃色のワンピース。可愛らしい髪飾り。これらを身に付ければ、物語のお姫様にでもなれそうだった。
『女性だと気付かずに申し訳ありません。せめてものお詫びに、女性物の衣服を用意しました。これからはぜひ、これらを身に付けて下さいね』
引きちぎってやりたかった。叩き壊してやりたかった。
けれど、物を大切に扱うツバキには。物に魂が宿ることを知っているツバキには、とてもではないが実行できることではなかった。
けれど。けれど。けれど。物は、必要とされることを願っていることを知っているけれど。
(―――――要らない)
要らない。
要らない。
要らない。
こんなものは必要ない。
こんなものを寄越すくらいなら、今すぐ私をもとの世界に帰すがいい!
―――――ギリッ!
握り込んだ拳の中で、爪が皮膚を切り裂いた。