姐さんがNRCで変化せざるを得なかった話






「あなた女性だったんですか!!?!?」


 食堂中に響き渡る叫び声。ざわめく生徒達。
 注目が集まるその中心で、件の女は能面のような表情を浮かべていた。










 食堂はたくさんの生徒達で溢れかえっていた。今日は常よりも人が多い気がする。
 席は空いているだろうか、とツバキが辺りを見回す。かなりの賑わいを見せる食堂で空席を見つけるのは難しい。
 学食を提供する食堂で自炊したお弁当を食べるのはいかがなものかと思ったが、同じく自炊している生徒もちらほら見掛けるため、ツバキも倣って食堂で昼食を取っていた。
 けれど、こうも人が多いのならば、お弁当を持参しているツバキは食堂の利用を控えた方が良いのかもしれない。


(天気も良いし、中庭で食べるのも良いかもしれない)


 そう思って踵を返そうとしたとき、視界の端にこちらに向かって手を振る人物が見えた。


「おーい、ツバキー! ここ空いてるぞー!」


 ツバキに向かって満面の笑みを浮かべているのは2年生のカリム・アルアジームである。その隣には彼の従者であるジャミル・バイパーが座っていた。
 人垣で見えていなかったが、彼ら側のテーブルは空席がいくつか存在するようだった。
 せっかく呼んでくれているのだから、とご厚意に甘え、ツバキがそちらに足を向ける。するとカリムが更に嬉しそうに笑み崩れた。


「こんにちは、カリム、ジャミル。ご一緒しても良いかな?」
「おう! オレはそのつもりで声を掛けたんだぜ!」
「こんにちは、ツバキさん。勿論です。ツバキさんなら大歓迎ですよ」
「ありがとう」


 嬉しそうに微笑むツバキは、カリムの正面に座った。


「ツバキも弁当なんだな! オレ達も今日は弁当なんだ!」
「そうなのか。確か、ジャミルが作っているのだっけ?」
「ええ、まぁ。簡単なものですが」
「ジャミルは凄いなぁ。私が学生の頃は母に作って貰っていたよ。時間があるときは作ったりもしていたけれど、普段はお弁当箱に詰めるくらいはしかしていなかったな」
「いえ、そんな、大したことでは……」
「そうなんだ! しかもすっげぇ美味いんだぜ! ツバキも食べてみてくれよ!」
「ふふ、ありがとう」


 裏表のない笑みで褒められて、ジャミルがもごもごと口を動かす。
 カリムだけなら口を噤むよう促すが、NRC生と違って純度100%で褒めてくれているツバキにそれを言うのは憚られる。
 顔が赤くなっていないことを祈りながら、ジャミルは笑みを浮かべるだけに留めた。


「おや、みなさんお揃いで」
「あは、ジンベエザメちゃん達だ~」
「こんにちは。僕達もご一緒してよろしいですか?」


 ランチの乗ったトレイを持ってツバキたちのいるテーブルにやってきたのはオクタヴィネルの三人だった。
 微笑ましい光景に混ざりたいというように笑う三人を見てカリムが笑みを浮かべ、ジャミルが盛大に顔を顰めた。


「勿論良いぜ! みんなで食べた方が美味いもんな!」
「私も歓迎するよ」


 嫌そうな顔を隠しもしないジャミルの意見を黙殺する。本丸では大勢で食べていたので、人数が多い方がご飯が美味しいのだ。
 けれど、さりげなくアズールを誘導して、ジャミルとの間に自分を挟んだ対角線に座らせる。せめてもの償いのようなものだ。
 まぁ最も、ツバキの来歴の片鱗を知っている2年生達は、自分の妥協出来る範囲のことならばツバキの意見を尊重するようにしているので、ツバキが黙殺しなくとも同席を許可していたのだが。
 閑話休題。


「俺も良いだろうか。親父……リリア先輩に、たまには学友と共に食べろと言われてしまってな……」
「オレも良いッスか? 他に席空いてなくて」


 新たに声を掛けてきたのはシルバーとラギーである。
 大勢での食事に抵抗のないカリムは嬉しそうに。同席が叶ってご機嫌な人魚達も是の返事を告げる。
 ここまで来たら何人増えても同じだ、と投げやりになったジャミルも席を勧めた。


(見事なまでに2年生が集まったな……)


 しかも前に泣かせてしまったメンバーじゃないか? とツバキが内心で苦笑する。


(あとはリドルが居たら完璧だな)


 そんな事を考えていると、少し離れたところでリドルが物言いたげにこちらを見ているのが視界の端に映る。
 席を探しているのだろうか、とツバキが首を傾げる。もしくは、2年生で集まっているから彼も混ざりたいのかもしれない。
 声を掛けるのを躊躇っているように見えるリドルに、ツバキが声を掛けた。


「リドル!」
「!」
「席が見つけられないなら、私の隣で良ければ座ると良い」


 声を掛けられたリドルが驚いたような表情を見せる。
 それから、ほんのりと頬を染め、遠慮がちにツバキの隣の席にやってきた。


「えっと、では、失礼するよ……」
「どうぞ」


 柔らかく笑って隣を示すと、リドルが嬉しそうに隣に座った。
 席について、落ち着いたところで「いただきます」と手を合わせる。
 まず手を付けた大根の煮物はしっかり味が染み込んでおり、なかなか上手く出来たんじゃないだろうか、と頬を緩ませる。
 煮物系は光忠が得意だったな、と少しばかり寂しさが顔を出す。それではいけないと、次は生姜焼きを口に運んだ。

 ふと、水を飲もうと、アズールがコップに手を伸ばす。
 しかしコップに触れる前に、ピシッと音を立てて、ガラスに大きな亀裂が入る。
 普段なら珍しい事もあるものだ、と流せるような些細な出来事だった。けれど何故だかその時は、背筋が粟立つような寒気を感じた。

 顔色を悪くさせ、腕を擦るアズールを見てジェイドが声を掛けようとした、その時。視界を覆うような“黒”が現れた。
 ―――――学園長である。


「こんにちは、学園長。お仕事お疲れ様です。いかがなさいました?」


 突然背後に現れた黒尽くめの男に、ツバキは笑顔を浮かべる。
 いつも面倒ごとを押しつけてくる相手に、よくそんな柔らかい笑みを浮かべられるものだ、とラギーは乾いた笑いを漏らす。
 今度は一体どんな面倒ごとを押しつけてくるのか、とリドルは呆れ半分、怒り半分で学園長を見やった。
 しかし学園長は、そんな生徒達の冷たい眼差しなど気にも留めず、額に汗を浮かべていた。
 いつもと違う様子に、おや、とジャミルが首を傾げた。
 はく、と学園長が息を呑む。次いで、学園長の口から、悲鳴のような声が上がった。


「あなた女性だったんですか!!?!?」


 シン、と食堂に沈黙が落ちる。視線が、ツバキに集中した。
 ツバキの秘め事を知っていた2年生達が顔を青冷めさせる。それと同時に、ツバキの顔から、一切の表情が抜け落ちた。




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