慈悲の魔物
「70点、かぁ……」
俺―――――ジャミル・バイパーは自室のベッドの上で、大きな溜息をついた。
テストの点数が悪かったからではない。本当はもっといい点数が取れるのに、わざと点数を落とさなければならないからだ。
俺はアジームという商家に代々仕える従者の家系で、俺が仕える主人より秀でてはいけないのである。
そして俺の仕える主人―――――カリム・アルアジームは明るくて優しくていい奴だ。けれどちょっと無神経なところがあって、勉強もあまり得意ではない。だから俺はわざと解答を間違えて、出来ないフリをしなければならないのだ。
テストだけじゃない。この間だってそうだ。炎魔法を覚える授業で、本当は炎が出せるのに、カリムがまだ炎を出せないから、俺もわざと炎が出せないフリをした。
先生に当てられたときも、本当は分かるのに、分からないフリをしなければならない。
あれも、これも、全部、全部。
本当は分かるのに。本当は出来るのに。もっと上に行けるのに。
一番にだって、なれるのに。
「俺も、一番になりたいなぁ……」
誰でも良いから認めて欲しい。俺だって一番になりたい。
そんなこと不可能だって分かっているのに、望まずに入られない。願うことをやめられない。
けれど、願うのは自由だから。
(誰か、誰でも良いから、俺を―――――)
そんな不毛な願いを胸に抱きながら、俺は今日の仕事に取りかかるために自室を後にした。