慈悲の魔物
クルーウェルとバルガスの連名から召喚術の授業で起こった事の報告を受けたクロウリーは、深い深い溜息をついた。
新入生を迎えて初めての召喚術の授業。その授業で3年生が召喚事故を起こしたというのだ。
―――――まさか3年生にもなって、ケルベロスのような危険な魔物の召喚を試みようとする生徒が現れようとは。
それも、1年生の持つ珍しい使い魔を羨んでの凶行だと言うでは無いか。
肺を空にする勢いで息を吐き出すのも仕方ないことだろう。
けれど、クロウリーがそれ以上に頭を悩ませたのは、その生徒に対する件の使い魔―――――ツバキの対応である。
生徒に襲いかかろうとしたケルベロスもどきを灰燼に帰し、ケルベロスもどきを喚び出した生徒の魔法を奪ったという。
『―――――もう、こんな憐れな存在を生み出さないためにも』
その際、ツバキがケルベロスもどきのために口にしたという言葉に、クルーウェルとバルガスは感銘を受けたようだった。
伝説に語られる姿そのものだと。“慈悲”の名を戴くのも納得だと。
けれど、本当に? 本当に、そのまま受け止めて良いのだろうか?
クロウリーにはどうにも、裏があるように思えて仕方ないのだ。
そもそもそれは、本当にケルベロスもどきに対して言った言葉なのか?
彼には、別の何かに言っているようにしか思えなかった。そう、例えば、ツバキの敵になってしまった、憐れな生徒だとか。
何故なら彼には、召喚術に特化した、召喚魔法士になるという夢があったからだ。
そしてツバキは、その夢を奪った。深読みしてしまうのも仕方ないことだろう。
(いえ、深く考えるのは止しましょう。ええ、“慈悲の魔物”はその名の通り“慈悲”深いお方であると信じましょう)
―――――何せ私、とても良い先生なので。良き生徒の良き使い魔のことも、心から信じることが出来るのです。
にっこりと口角を上げて、クロウリーは無邪気にも見える笑顔で微笑んだ。
そして彼は動き出す。この件を闇に葬り去るために。