慈悲の魔物
リリアの来訪により、ジャミルが使い魔を連れていることが瞬く間に広まった。
どうやら入学式の後、学園長との面談に向かう姿を見ていた者がいたらしい。そこからリリアの来訪が、使い魔に関連するものだと結びつけられたようだった。
―――――妖精族の上級生が興味を示した。その情報も相俟って、NRC生の好奇心を大いに煽ってしまったようだった。
リリアが妖精族であることから、ジャミルの使い魔が妖精族に連なるものであるという推察が為されている。その正体を暴こうと、連日、使い魔について探りを入れてくる者が後を絶たない。
隠されていると暴きたくなるのが人の性。その気持ちを理解できないわけでは無いが、正直言って面倒くさいというのが本音だ。
「貴方がジャミル・バイパーさん?」
「…………ああ、そうだが。君は?」
「僕はアズール。アズール・アーシェングロットです。どうぞよろしくお願いいたします」
「……ああ、よろしく」
また来た。ジャミルがげんなりとしながら返事を返す。
美しい銀色の髪に、空を思わせる知性的な瞳。アズールと名乗った美しい少年は、にっこりと友好的に見える笑みを浮かべている。
「ところで、興味深い噂を耳にしたのですが、とても有能な使い魔を連れているのだとか」
「…………事実だよ」
「おや、あっさり認めるのですね。正直、はぐらかされるかと思っていましたよ」
「これだけ広まってしまったら隠す意味も無いからな。それに、下手に隠す方が痛くもない腹を探られる事になる」
「では、見せて頂くことは可能ですか? もちろん、タダで、とは言いません」
「………………」
―――――まぁ、そうなるよな。
ジャミルは溜息をつきたいのをぐっと我慢した。
使い魔との契約は、基本的に召喚魔法で呼び出したものと交わす物である。もちろん、何事にも例外はあるが。
また、召喚魔法自体は、そこまで難しいものではない。召喚魔法と相性が良ければ、ミドルスクールに通う子供でも使える魔法だ。
しかし、リリアが興味を示したことから察するに、比較的簡単に喚び出せるクー・シーやケット・シーの類いでは無いことが窺える。
生物を召喚することも、そう難しいことではない。けれど大きさや知性の有無によって呼び出し不可能だったり、相手側に拒絶されることもある。そのため召喚魔法は召喚するものによっては上級魔法へと変化するのだ。
ジャミルの使い魔ではないかと推察されている妖精族は、気難しいことで有名だ。召喚に応じてくれることも稀である。
仮に契約を結べたとしても、彼らを御することは魔法士の卵には極めて困難なことであった。だからこそ、一体何を召喚し、手なづけているのか、生徒達の好奇心を刺激しているのである。
―――――疲れているな、主。私のせいですまない。
姿を隠しているツバキが、ジャミルへと念話を繋げる。
―――――君のせいじゃない。俺が迂闊だったんだ。
―――――私が一般的な種族だったら、一度姿を現して終いなんだが……。
ツバキは、絶滅を噂されている珍しい種族である。そのため、あまり人前に出るのは好ましくない。見世物のような扱いになる可能性だってあるのだ。
アズールがジャミルに声を掛けてから、クラス中の視線が集まっているのが分かる。こんな中でツバキが姿を現せば、確実に晒し者だ。
―――――……俺としては、あまり見世物にしたくない。それに、君を奪おうとする輩が現れるかもしれない。
―――――確かにな。使い魔をステータスと考える魔法士も少なくは無い。そんな輩に後れを取るつもりは無いが、主の身に危険が及ぶのは避けたいな。
―――――俺より、自分のことを考えてくれ。
―――――君を損なうことこそが私にとっての最大の不幸だよ。けれど、彼はしつこそうだ。
それは何となく分かる、とジャミルは同意する。ねっとりと探るような視線は、正直言って不愉快極まりない。
知的好奇心が旺盛なタイプだろう、とジャミルは推察する。そういうタイプは、自分の欲求が満たされない限り、納得しない。
さて、どうしたものか。
ジャミルが黙り込んでしまっても、アズールは笑顔を崩さずにジャミルを見つめている。観察している、と言ってもいい。
こういう手合いは面倒くさいのだ。すっぱり諦めてくれれば良いものを。
そんな風に考えていると、ツバキがジャミルに声を掛けた。
―――――少し、悪戯しても良いだろうか?
―――――悪戯?
―――――私が姿を現さずとも、そこに居ると言うことが分かれば、譲歩してくれるのではないかと。何、危害は加えないさ。
―――――ふぅん……。面白そうだし、やってみてくれ。
―――――ああ。
ツバキが危害を加えないというのなら、本当に危害を加えるようなことはしないだろう。ツバキは基本的には無害な生き物だから。
さて、何をするのだろう、と姿を眩ませているツバキの気配を辿る。ツバキはアズールの背後に回り込んだようだった。
すると、アズールがびくりと肩を跳ねさせ、驚きに目を見開く。そして次の瞬間、アズールの身体が宙に浮いた。
「はぁっ!!?」
突然身体が宙に浮いたアズールが悲鳴のような声を上げる。様子を窺っていた生徒達も、一体何事かと、クラス中がざわめいた。
何をしたか分かったジャミルは顔を隠して笑いを堪えるのに必死だった。
アズールの背後に回ったツバキは、脇の下に手を入れて、アズールを持ち上げたのだ。
何をされたのか分かっていないアズールの動揺ぶりが面白くてたまらない。ただ抱えられているだけだというのに、バタバタと手足をばたつかせて藻掻いている様が滑稽で仕方ない。
「じゃ、ジャミルさん! これは貴方の仕業ですか!? 浮遊魔法ですか!? 降ろしてください!!!」
「俺の使い魔だよ。魔法じゃ無くて、君を抱えているんだ」
「僕抱えられてるんですか!!? というか、なんなんです!? 不可視の生物なんて聞いたことがない!!!」
「いや、姿を眩ませているだけだよ。あまり暴れられると降ろすに降ろせないそうだ。少し大人しくしてやってくれ」
「大人しくするんで早く降ろしてください!!!」
足をばたつかせるのをやめると、そっと地面に降ろされる。しっかりと床を踏みしめる感触に安心し、ほっと息をつく。
「悪いな。俺の使い魔は少し照れ屋なんだ。ここにいるという証明だけで勘弁してやってくれ」
「くっ……! 今回は引きましょう。けれど必ず正体を暴いて……あっ、待って! 持ち上げないでください!!!」
「苛められているわけじゃ無いから、その辺にしてやってくれ」
流石に何度も抱えられるのは可哀想な気がしなくもないので、口先だけの制止の言葉を口にする。
けれど本気で止めたりはしない。ツバキが楽しそうだし、自分も面白いので。
『ツバキが楽しそうで何よりだ』と笑ってみせると、ツバキの方も『主が楽しそうで嬉しいからだよ』と笑う。
二人の笑顔の犠牲になったアズールだけが何の得もしない結果となったのは、絡んだ相手が悪かったとしか言いようがない。