慈悲の魔物






 入学式が終わり、寮内の案内が終わると、ジャミルは学園長室に呼び出された。
 これはお叱りを受けるとかそういうことではなく、使い魔同伴入学の申請をした者すべてが受ける面談である。
 書類と相違ないか、信頼関係はきちんと築けているか。そういったものを精査するのだ。


「え、えーと、初めまして。私、この学園の学園長を務めさせて頂いているディア・クロウリーと申します。君がジャミル・バイパーくん。そして、そちらが君の使い魔でよろしかったでしょうか?」
「はい、ジャミル・バイパーです。こちらは俺の使い魔のツバキ。種族は長寿種の“隣人”です」
「よろしく、学園長」
「ええ、よろしくお願いします」


 少し緊張した面持ちのジャミルに、柔らかい微笑みを湛えるツバキ。
 クロウリーは涼しげな笑みを浮かべているが、仮面の下ではだらだらと汗が滝のように流れている。
 何せ相手は歴史と共に歩んできた、裏側を知る者。

 本物かどうかの見分けはつかない。何せ、そもそもの資料が少なすぎる。確証を持てるだけの材料が無い。
 しかし目の前の使い魔は本物だ。一目でそうと分かる風格を持っている。粗相は許されない。
 そして何より圧が凄い。威圧されているわけではないが、その身に内包している歴史の重みが違うのだ。それが内側から発せられ、圧としてのし掛かっている。

 クロウリーの優秀な魔法士としての勘が告げていた。この“隣人”は世界で3本の指に入るだろう魔法士であると。


「それでは本題に入らせて頂きますね。今日、君達を呼んだのは子供達を守る保護者として、生徒を預かる教育者として、生徒個人の使い魔のプロフィールをこちらで把握させて頂くためです。出来る限りの情報を開示して頂きたいのですが、よろしいですね?」
「私は構わない。主は?」
「ツバキが答えたくないこと以外なら、情報の開示に協力します」
「ええ、それで構いませんよ」


 使い魔のプロフィールを把握するのは、生徒を守るために必要なことである。
 普段は可愛らしい妖精も、突然牙を剥くことがある。そんなとき、冷静に対処できなければ、生徒は守れない。
 子供を預かる、大人としての義務だ。まぁ、面倒事を生徒に丸投げすることも多々あるが、それはさておき。


「改めて、自己紹介をして頂けますか? 好きなものは何か。得意な魔法は何か。出来たら弱点のようなものも教えて頂けたら嬉しいですねぇ」
「いいとも。―――――改めて、私はツバキ。“慈悲の魔物”、“仁の獣”と呼ばれることもある」
「ちょっと待って下さい?????」


 “慈悲の魔物”と言ったか、この使い魔は。
 クロウリーは理解が追いつかず、思わず言葉を遮った。

 “慈悲の魔物”とは、歴史書では英雄として語られる者の一人である。

 妖精族の寿命を超えるほど遙か昔、ツイステッドワンダーランドでは争いが絶えない時代があった。
 語られる歴史の中で最も多くの争いが起き、最も多くの死者を出した嘆きの時代。ツイステッドワンダーランド史上、最も血の流れた凄惨な一幕。
 この時代に活躍した英雄として登場するのが“慈悲の魔物”だ。
 “慈悲の魔物”は軍を率いる将として、最前線で戦ったという記録が残っている。膨大な魔力と優れた戦術を持って戦争を終わらせたという。つまりは今の平和な世界を築き上げた立役者だ。


(なんっっっっっでそんな大物が、魔法士の卵の使い魔なんてやっているんですか!!!!!!!)


 凄惨すぎる時代での功績であるために知名度こそ低いが、知る人ぞ知る大魔法士だ。間違っても使い魔なんてもので終わっていい存在ではない。そもそも、そんな小さな枠に収まりきる器ではない。


「続けてもいいかな」
「え、ええ、はい、どうぞ」
「うん。―――――好きなものは主の作ったご飯かな。美味しいものを食べるのは好きだよ。得意魔法は考えたことはないなぁ。強いて言えば、切断かな」


 あ、好きなものは微笑ましい。ただ、得意魔法が恐ろしすぎる。なんだ切断って。
 やっぱりあれですか? 戦時の名残とかそういう? あ、駄目だ、SAN値チェックお願いします。
 クロウリーは笑顔の下で自爆して、心の中で盛大に泣いた。


「弱点、弱点かぁ。これは有り過ぎて何を答えればいいのか分からないな。―――――ああ、でも、失うのは怖いかな」


 どこか遠くを見る目で宙空を見つめる。
 心配そうにツバキに目を向けるジャミルに気付いたのか、ツバキはすぐに意識をジャミルに戻した。
 蕩けるような柔らかい笑みで、ジャミルを見つめる。


「あと、主を傷付けられると正気を失ってしまうかもしれない。主は私の唯一無二の特別なんだ」


 ―――――主は私の願いの形。それを損なわれることは、私にとって何よりも許しがたいことだ。
 そう言って、ツバキがジャミルの頬を撫でる。子供扱いに照れたのか、ジャミルはほんのり目尻を染め、ムッと眉を寄せた。


「さて、他に質問はあるかな?」
「そうですねぇ……。二つほど」
「どうぞ」
「貴女は常に彼の傍に居るのですか?」
「そうだな。基本的に姿を隠しているが、よほどのことが無い限りは」
「なるほど」


 召喚術には、2種類の召喚形態がある。対価を支払い続けながら、使い魔を常時召喚しておく「永続契約」と、都度召喚を必要とする「一時契約」だ。
 前者は召喚者や人間に友好的だったり、穏やかで危険性のない種族を使い魔している魔法士に多く見られる。シルキーやブラウニーなどが代表例である。
 後者はその逆だ。非友好的な種族だったり、危険性のある魔物や適応環境が限られる生物に用いられる。代表例はケルベロスやサラマンダーである。
 勿論これらは一例であり、召喚者の都合や応召者の好みで多種多様の形態が存在するが、それはさておき。

 見た限り、ツバキは召喚者に友好的だ。むしろ我が子のように愛しているようにさえ見える。
 だからこそ、危険であるとも言えるのだが。


「最後に。貴女が正気を失ったとして、どれほどの被害をもたらす可能性がありますか?」
「もたらす被害、か……」


 ジャミルとじゃれていたツバキが、髪を撫でてから手を離す。一瞬天井に目をやって、すぐにクロウリーに視線を戻した。


「とりあえず、大量の血が流れることは確かだな。この島から主以外の生命が消えるかもしれない」
「…………なるほど」
「もちろん、こちらもそうならないよう細心の注意を払うつもりでいる。私だって無益な殺生は好まないからな」
「ええ、そうして下さると有り難いですねぇ」


 返ってきた答えに、クロウリーは内心でありったけの悪態をつく。何が“慈悲の魔物”か、と。
 “慈悲”を冠するなら、もう少し寛大になるべきだ。関係のない人間を巻き込まないように配慮して欲しい。
 そんなクロウリーの内心など露知らず、ジャミルがツバキに耳打ちした。


「……島ごと消したりしないよな?」
「ああ、その可能性もあるな」


 ―――――海に大穴が空くことも想定していて貰わないと。
 その発言は、全力で聞かなかったことにした。




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